それは、はるか遠いところのお話。
母なる太陽と、3つの惑星を持つグラール太陽系。
そこに住む4つの種族は、500年にもわたる戦争の後、互いに共存する道を選んだ。
平和が訪れて100年。その記念式典の最中に、謎の宇宙生命体SEEDが彼らの文明を襲う。
民間警護組織ガーディアンズの尽力もあってこの危機を乗り越えた人々は、束の間の平和の最中にあった。

その事件が終結して間も無く、ある一つの悲劇が再びSEEDによって引き起こされる。
悪魔の巣窟と化した遊覧船ユートピアの乗員乗客全員の死亡。

この悲劇は、ガーディアンズによって秘匿された。
しかし悪夢は、それが完全に闇に葬り去られる寸前で世間に知れることとなるのであった。



第8章「贖罪の日」



(1)

気絶したガルバが目覚めたのは、ホルテス支部宿舎、自分のベッドの上だった。
錯綜する記憶を辿るように手を宙に泳がせ、やっとのこさ起き上がったガルバは、ある重大なことを思い出す。

ハッとして、顔を上げた。眠気はその「重大なこと」で一気に覚めた。
その顔を、ぽかんとして眺める銀髪の少年…ヒューガがおり、ちょうど彼と目と目があった。

「ひゅー…ッげほ…」

「大丈夫ですか?まだ無理はしないほうがいいと思いますけど。
第一、あんなことがあった後なんですからね。もう丸一日寝込んでたんですよ?」

「はぁ…いち、一日……は?」

信じられない、という表情をしたガルバに、ヒューガは諭すように言葉を続けた。

「ですよ。熱もかなりあって、うなされていましたし。ああそうだ、体はどこか痛みませんか?」

「んあ?……あぁうん。それは大丈夫だけど。いやそうじゃなくて!
確かその…ほら、フェイさんが倒れたって…何だっけ、自殺をどうとか…」

喉がカラカラだった。口の中も乾ききっていて、唾液を湿らせるまで待つのもだるい。
途切れ途切れにそう言い切って、思案顔になったヒューガをガルバは凝視した。

「あぁ……そのことでしたか……。実は…」

妙にもったいぶるヒューガの態度は、わざとらしさが全くない。

「も、もしかして…」

あのまま……。

「何ともなかったみたいですよ。腹ペコで倒れてただけらしいです。
今はニューデイズの病院で点滴でも打ってるんじゃないですか?」

「……はぁ?!」

期待が外れて、ガルバはがくっと姿勢を崩してしまった。
しかし期待というのはもちろん悪い期待なので、言葉の意味を理解していくにつれて安堵が体中に染み渡っていくようだった。

フェイが自殺を図った、とマヤが大慌てで通信を入れてきた直後。
ガルバはどうやら戦闘の傷か激務の疲労か、その場で倒れてしまったらしい。
叩いても捻ってもうんともすんとも言わなくなったガルバの方が危ないので、ヒューガはそのままガルバに付き添ってくれたようだ。
フェイのことはヒューガも今しがた知ったらしく、ガルバが目を覚ますまでに何とか面白いネタにしようと画策したところ、
医者もびっくりのバイタリティでガルバが目覚めてしまったために、せっかくのドッキリ作戦が未遂になってしまったと彼は悔しがっていた。

体はどこも痛まないが、体中におもりを乗せられたみたいに苦しかった。
まだ体調が万全ではないらしい。フェイのことは心配だったが、まぁガルバが心配したところであの冷徹教師がどうなるわけでもない…。

ウィーン。
急に、機械音がして部屋の自動ドアが開いた。
ヒューガが普通にいるくらいだからルームキーはかけてなかったのだろう。
ガルバは首だけ動かして来客が誰なのかを確認しようとしたが、目がかすんで一瞬ではわからなかった。
わからなかったが、ここに来るはずもない人物がそこに立っていた。

おどおどして、特徴的な黒い髪を左右に振りながら、ガルバを確認すると小走りで寄ってきた。
ヒュウ、と口笛を鳴らして道を開けるヒューガにそっとお辞儀をし、サクヤが何か手に持ってガルバのそばに立った。

「ここに居られると聞きまして……。すみません。出直した方がいいですよね?」

「えっ、いや構わないッスよぉ?……っとテテテ。まあ見ての通りやられちゃった後なんだけど…」

横にした体をもう一度起こして、作り笑顔をしたままガルバはサクヤを見た。
またドアが開いて、今度は一斉にたくさんの子どもたちが狭すぎる部屋にこれでもかといわんばかりに駆け込んできた。

「…ってあらら〜。狭くてごめんねぇ」

「あ、いやっ…謝らないで下さい!いきなり押しかけた私たちが悪いんです。それに、狭いのは慣れてるので…
ってちょっと!部屋の物に勝手に触っちゃだめよ!ほらそこも、もう、また意地悪して!泣かせたらいけません!!」

サクヤは何かを言いに来たみたいだったが、連れてきた子どもたちから目が離せないようだった。
メンテのためにバラバラになっていたマリーちゃんが珍しかったらしく、子どもたちはこぞって鉄のパーツを取り合っている。
肝心要のコアの部分はちゃんと収納してあるので大丈夫そうだが、これは再構築した後に右手がないとかもあり得る。

疲れきってボロボロになった体にも、突然訪れたサクヤや子どもたちの元気な姿を見て、底から何か熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。
まだ訪問の理由さえもわからなかったが、この当たり前のようでなかなかお目にかかれない幸せな一場面を、ガルバは目に焼き付けた。

自分が守ったとか、まだそんな大それたことを言えるほど任務には打ち込めていなくても、彼の仕事が間接的に弱者を守ることに繋がっているのは事実だ。
今だけは、フェイのこともあの怪物のことも忘れて、時間が止まったかのように、ヒューガとガルバはしばらくそれを眺め続けていた。




(2)

ガーディアンズ・コロニーの自分の部屋に、フェイは幽閉されることになった。
十分すぎるほどの食料が置かれ、着替えも綺麗にしてあり、一週間くらいなら外に出なくても平気な状態を作ってもらった。

フェイは、ニューデイズで孤児院を見た後、オウトク・シティのフローダー乗り場付近で倒れているのを発見された。
手にナイフを持っており、転んだ拍子に手を怪我していたため、自殺を図ったと勘違いされたらしい。

栄養失調による一時的な貧血状態。
すぐさま点滴という古臭い手段が使われて、無理矢理栄養を補充されたフェイの体は、一日寝たら元気になった。
つまり、診断結果通りだったというわけだ。
マヤが飽きれていたのと同時に、放っておけないとコロニーまでついてきて、この有様だ。

でも確かに、こうでもしてもらわないと、あの時のフェイは本当に危なかった。
自分でもそう感じていたので、フェイは久々に人の温かみを思い出していた。
そしてそれが、そう思ってくれている人がいるのに何故自殺など思いついたのかという自問に変わる。

また眠ることにした。どの道、それ以外にすることはない。
ビジフォンにたくさんメールが届いていたが、全て見なかった。
どうせこれからの自分には意味のないものだから。そう決め付けてしまう諦念はまだ払拭されていなかった。

いや、こればかりはもう一生直らないだろう。
直ってしまえばむしろ、フェイは自分が生きていけなくなるのではないかと思っていた。
それはすなわち、自らの罪を否定することになるのだから。

形はどうあれ、今のフェイがガーディアンズであり続ける理由は、何らかの贖罪がしたいからに他ならなかった。

フェイは歩いていた。
真っ暗闇の中を、誰かに押されるようにして。

「被告人、前へ」

そのどこかで立ち止まり、顔を上げた。
とはいっても暗闇で、どこに何があるのかもわからない。
音はある。彼女を怖がるような声や、恨めしそうな泣き声や、その他、とにかく不快な類のもの全てだ。

それは数ヶ月前、遊覧船ユートピアの「爆発事故」から数日明けてのことだった。
原告はユートピアを所有していた企業、被告はガーディアンズである。もちろん、でっち上げだ。

しかしこれは、関心をあまり集めなかったものの、ニュースにはなった。
この、「関心をあまり集めなかった」というのがこのシナリオを用意した者の狙いでもあったのだが。

「被告、フェイ・セイロンは、ガーディアンズの代表として依頼のあったユートピアに乗り込み、
初歩的なミスにそれと気づきながらも、乗客乗員を巻き込む爆発事故に発展させた。
その上、自分だけが助かるためにコントロール・ルームをロックし、助けを求める乗客を見殺しにした。
……以上の告訴内容に、間違いはありませんか?」

何度も何度もエコーして聞こえてくるようだった。
その他の音も声も、耳から入って反対側の耳から抜けていくまでにかなり時間がかかり、頭の中で響いている。
視界は相変わらず暗いようで、何も目から情報が入ってこない。立っている場所すら、覚束ない。

「間違いありません」

誰かが言った。
自分ではないのは確かな、誰か。

もし今、今というのはこのことを思い出している今のフェイが、このせりふを言った人物を特定できていたら。
きっと殺しているだろう。
もう失うものなど何もないのだから。

「告訴内容を事実とし、被告に死刑を言い渡す。……」

なにやらブツブツと、自分の知らない世界で物事が動いている。
ふと気づいた時は独房のベッドの上に寝転がらされていた。
意識がはっきりしてくると、鳥肌とともに記憶が蘇る。吐き気がして、下を向くが、何も出ない。

脳裏に焼きついた、異変SEEDの様相。耳にこびりついて離れない悲鳴。
そして、二度と帰っては来ない、自らの手で消し去った幸せ。

面会は全て断った。
死刑になったと聞いたが、どうやらガーディアンズが何とかしてくれるらしい。
その辺りの話は聞く気にもなれなかったので、一体何がどうなっているのかとか、興味すら持てなかった。

そりゃそうだ、と、あの人が生きていたら言うかもしれない。
涙が溢れてきて、当たり前のように心が沈んで、言葉が詰まり、またベッドに顔を押し付ける。

そして、震える。
このまま死んでしまうのではないかという、結局は自分の死という恐怖に恐怖して。
それに気がつくと馬鹿らしくなって顔がにやけて、実に奇妙な表情でむせび泣く。

何日間もそうしていた。何度か法廷に呼び出されて、同じように暗闇に立たされたが、覚えていない。
どうも動ける時だけの記憶がすっぱりとなくなっていて、独房で震えている時のことしか思い出せないのだ。

ライアが、何度目かの面会を申し込んできた。断る理由はなかったが、断るつもりだった。
しかし、その日はいつも以上に体がだるく、震えて、動けなかった。結局断る旨を看守に伝え損なってしまった。

ライアはすぐに入ってきた。独房の前で、大きな声でこう言った。

「聞こえるかい、フェイ。アンタの新しい仕事が決まったよ。もう大丈夫だ、アンタは無実だ。
機動警護部からは外れるけど、怒るんじゃないよ?まぁ、アンタならどこでもやっていけるさ。
明日すぐにガーディアンズの代表がアンタを引き取りに来るはずだから、お化粧直しでもやってな!」

今でも忘れない。
フェイが生まれてはじめて、仲間であるライアを殺して、宇宙にまいてやろうかと思うほどに憎んだこと。

新しい仕事?無実?何の冗談で言っているのか。
誰かフェイの気持ちを……いや、それよりも、死んでいった人たちの遺族、彼らの気持ちを汲んでやることは出来なかったのか?
記録を改ざんしてまで隠匿し、罪人に形だけの死刑を宣告して世間に報知し、SEEDなんていなかったことにする。
その死刑囚はいけしゃあしゃあと新しい部署で新しい任務につくことができる。
それを、喜べという。言ってないがそう聞こえる内容だった。

激しく歯軋りをして、何も返事をしなかったのをフェイは覚えている。
その後、すぐに迎えが来た。一日も経たなかっただろう。はじめからシナリオ通りだったのだ。

フェイは仮にもガーディアンズだ。住民に不安をばら撒くような様子でい続けるわけにはいかない。
歩いている時も任務だと、あの日からそう言い聞かせるようになった。二本足で立つのがやっとだった、あの日から。
仲間の顔を見たくなかった。とりわけ、ライアを見るとすぐに襲い掛かってしまいそうだったから、つとめて会わなかった。

ビーストが嫌いになった。人の気持ちを考えず、言われるままにしか行動できない低能な種族と決め付けた。
実直で前向きで人情溢れるとか、長所っぽく言えばそうなるが、騙されやすく愚鈍で、考える前に行動するといっても同じなのだ。

そんな見下した感情が、さらにフェイの心を狭くしていったようだ。
ある日を過ぎると、大嫌いなビーストを哀れんでいる自分がいた。ビーストを見ると、むしろ清清しくなるというような。
モトゥブは嫌いだったが、彼女が事件のことを忘れられる唯一の場所になっていた。何せ彼らは、「気にしてない」のだから。

完全に壊れていた。人間が壊れて、物を物と認識できなくなるくらいに。
そう気づいた時から、フェイは悪夢を見るようになっていった。

全く眠れなかった。
無理もない、寝て起きたばかりなのだから。
しかし、白昼夢のように過去の記憶に縛られる症状は悪化しているようだった。

誰かにそばにいて欲しかった。
それも叶わないと思い込む自分がいて、矛盾していた。
そして、その矛盾に耐えられなかった。

フェイは起き上がると、ルームの窓から外を見た。
この窓を一枚隔てた先は、宇宙だ。大いなる希望と底の見えない絶望が並存する世界だ。

いつかも、こうやって宇宙を眺めた日があった。
そうあれは、ガルバと会う前のベクタートラックの中だった。
宇宙の片隅で起きた悲劇など知らぬかのように、煌々と照り輝く様々な装飾が眩しかったものだ。

あの日からまた自分は変わってしまったとフェイは思っていた。
もう何からも感動を受け付けなくなっているようで、恐ろしかった。
ただベッドの上に座ってるだけでも体が震えて、眠ることさえ出来ず、縮こまっている。

冷や汗が出た。悪夢のせいではない。無意識にだ。
暖かいものが欲しかった。飲み物でも何でも、先ほどからフェイは凍えているのだ。

もう、以前の自分には戻れないのだ。
ふとそう悟った今、無意味な抵抗はやめることにした。


涙が溢れてきた。人間が人間をやめた瞬間の、最後の理性かもしれない。
だがフェイはもう躊躇しなかった。ナノトランサーに詰めれるだけの道具を詰め込み、ロックをかける。

ビジフォンのデータを瞬時にクリアした。内容は一切見なかった。
そして、いつか作っておいたディスクを挿入し、何かボタンを押せば再生されるように設定する。

フェイは外に続く唯一の扉の前に立った。
外に出るなという約束を、数時間と守れなかった。

もとよりもうここに戻るつもりもない。
痛みを伴わぬ贖罪が出来る時期は、とうの昔に過ぎているのだ。
その痛みから逃れて恐怖するのではなく、立ち向かうこと。痛みを甘んじて受け入れること。

それが、フェイの犯した罪だ。




(3)

子どもたちはパルムの高層ビルが珍しかったらしく、マリーちゃんに飽きると外に駆け出していた。
ヒューガも「用事があるので」と気持ち悪いウィンクを残して部屋を後にしていたので、部屋にはガルバとサクヤだけになっていた。
サクヤは、手になにやらデータディスクのような物を持っていた。
それを誰も居なくなってからガルバに手渡し、下を向いて黙りこんだ。

「むむ。これを渡しに来たのか?」

「はい。実は、孤児院であの事件が起きてすぐに、院長先生から預かっていたんです。
中身を見たんですが、私には何のことかわかりませんでした。ただ、ガーディアンズのガルバさんならと……」


ルームにあるコンピュータにディスクを放り込んで、再生する。
短い音声付きの動画だった。そこには、見覚えのある男が二人並んでいた。

「先生、アンタを見込んで頼みがある」

赤いストライプの入ったコートを着た男が、もう一人の男に話しかけている。
見た感じガルバが知っているそれよりはだいぶ落ち着いていて、顔を凝視しなければ普通の人間にしか見えない。

「このウィルスを……ばら撒いて欲しいんだ。
ワクチンは用意してある。はいこれ。なに、俺の体で試したんだ、治らないはずはない。
そうでもしないとグラールは大変なことになる。やつらは…ガーディアンズは、気づいていながら放置している」

「それは承知したよ、シンヤ。先生の知り合いを頼んでやってみよう。
……でも本当に、あのシンヤ坊なのか?懐かしいな、まさかガーディアンズになってたなんて」

「覚えていてくれてありがとう、トウマ先生。
里親が見つかった時、ここを出たくなくていつまでもこの部屋に隠れてたっけ。
パルムで暮らすことになった日からも、この孤児院を忘れたことはなかったよ」

「そうかそうか。で、いきなりどういう訪問だね?泊まりもしないで日帰りだなんて。
積もる話もあるから、ゆっくりしていって欲しいところだけどなぁ。
ほら、何で顔を隠しているんだ?大きくなったお前の顔を先生に見せてくれよ」

確かに、男は顔をしかめて、手で覆っていた。
どうやら二人は旧知の仲らしい。だが、涙の再会という感じではなかった。

「先生は、一日にたくさんの来客と接していました。
中には政府の偉い人や、教団の幹部まで。だから、先生の部屋での会話は、全部録画してあるんです。
でも、プライベートでの会話まで録画してあるのは、これだけでした」

「ふゥん……」

「心当たり、ありますか?」

サクヤは思案顔で尋ねてきた。ガルバは一度だけ頷いた。

「そうですか…」

「これ、いつ見せてもらったの?」

「先生が、だいぶ弱ってからです。その頃には、孤児院の中で妙な病気が流行りだしました。
私はこれをみて、きっとこのウィルスが原因なんだって思って、先生に問い詰めたんです。
先生は黙ってました。そしてその次の日くらいかな、孤児院の子が一人、また一人といなくなっていったんです」

「それで、ガーディアンズに連絡した、と」

「はい。今思えば、早とちりでした。
この記録のことさえ伝えていれば、先生たちは死なずに済んだはずなのに」

ガルバはガラにもなく考えふけっていた。
あのコートの男は間違いなく先日戦闘になったSEEDだ。

それにしてもあの男が、孤児院の出身者だったとは。
アルベルトという名前は、パルムに来てからもらったのだろうか。

「サクヤちゃんは、この男に見覚えは?」

考えながら、適当に思いついたことを聞いた。
元よりそこまでオツムがいい方ではないので、こういう詮索は苦手なガルバだ。深い意味はなかった。

しかし、それがサクヤの何かに的中した。
聞かれるまでは答えまいと思っていたのだろう、証拠を握られた犯罪者のように、サクヤは慌てだした。

「あっ、いや!!答えにくいなら答えなくていいぜ?
ガルバ君賢くないから、ちょっと空気読まないっていうか!……ね、どしたの?」

弁明しようとしたが、無意味だった。
サクヤはそのままの状態で話し始めた。

「あ、あるんです。私見たんです…!!
この日から少ししてから、もう一度あの人が孤児院に来ました。
そしたら先生が、あの人、シンヤって人に襲われていて……。
でも先生は、全然抵抗してませんでした。
その後すぐにあの男は姿を消して……。私は、腰を抜かして震えてました。
そのまま手を組んで、祈ってただけなんです!!私が、あの時の私に少しだけ勇気があったら…」

「お、落ち着いてサクヤちゃん…。悪いのは君じゃないって」

泣きそうになったサクヤの肩を抱いて、何とか落ち着かせようとした。
言い終わると一呼吸おいて、サクヤは黙り込んだ。目にたっぷりと涙を溜め込んでいた。

「無力……なんですよね。何も出来ないんです。
今はそれが悔しいと感じますが、あの時はただ怖かっただけでした。
誰にも言いませんでした。騒動を見たことを、先生にも言いませんでした。
でももしかしたら、先生は私が見ていたことを知っていたのかもしれません。
このディスクを渡しながら、先生は私に言いました。孤児院を頼む、って。
そして、独り言のように、シンヤはもう死んだんだって呟いて……。
あの日の院長先生が、孤児院の院長としての最後の姿だったように思います」

サクヤは泣き出していた。
咽び泣いているというよりは、ただただ涙を流していた。
ガルバはあの時のように、強く彼女を抱きしめた。体がだるかったから、力は入らなかった。

顔をガルバの胸に当てて、サクヤは一層強く泣いた。
自分と大して年の差がないのに、一生分の悲劇を経験したようなサクヤを、ガルバは抱きしめることしか出来なかった。

誰かに甘えたかったのかもしれない。
それでガルバを頼ってきたのなら、出来るだけのことをしてあげたかった。

すでに済んだ事件のことだ。いまさら掘り返しても仕方がない。
彼女が落ち着いたら、外に連れ出してあげよう。
荒くれ者に育ったガルバが大好きな街の雰囲気を、感じてもらおう。

彼女に絶対的に足りないのは、楽しさだ。
こんな年で悲しみに暮れてしまうのはあんまりだ。単純なガルバはそう思った。

サクヤはしばらく泣き続けた。
その間、ガルバは少しだけ動画のことを思い出しながら、また考える。

何故、シンヤ……アルベルトは、SEEDウィルスを孤児院に持ち込んだのか。
そしてあの豹変ぶり。動画で見た彼と、ガルバが知っている彼は全然違っているのだ。

殉職したガーディアンズにアルベルトという名前がある。
その日付は、ユートピアの悲劇が起こった日と重なっている。
しかし、生きる伝説だった稲妻の騎士の死の詳細を知っているガーディアンズは、思いの他少ない。
事件ごとガーディアンズに秘匿されているからだ。

もし再び現れたSEEDの脅威まで隠されたまま時間が過ぎれば、グラールはどうなっていくだろうか。

ガルバの頭の中で符号が一致した。
アルベルトは最後まで、死してなお、SEEDと戦い続けているのだ、と。
稲妻の騎士はその命の残りカスを使ってまで、グラールに警告しに蘇ったのだ。
もう一人の伝説を頼ってウィルスをばら撒き、見てみぬフリをし続けるガーディアンズにその脅威と立ち向かわせるために。

しかし、ガルバが知っているもう一人の伝説、雷光姫フェイは、もはやかつての姿ではないのかもしれない。
アルベルトが壊れてしまったように、フェイもまた、壊れてしまっている。それは、誰が見てもわかる現実だった。

呪われた騎士の伝説が、グラールに迫る新たな影を食い止めているうちに。
ガルバは行動に出ることにした。サクヤを離してコンピュータからデータディスクを取り出し、立ち上がった。

「ガルバ、さん?」

「ありがとう、サクヤちゃん。俺、わかったよ。ガーディアンズが本当に向き合わなければならないことに。
俺たちが何とかしないといけないことを、ずっとなかったことにするのは、バカなガルバ君が考えてもおかしなことだぜ。
そんなことのためにガーディアンズになったんじゃねえや。カッコイイ正義の味方になりたかったんだ。
コソコソ隠れて歩くのはガラじゃねえし。……俺、それを今から伝えに行くよ!!」

言い切って、ガルバは宿舎から飛び出した。
サクヤに街を見せてあげるのは、ほんのちょっとだけ後回しだ。

階段を駆け降りて、支部の受付まで息継ぎなしで走った。
そして、データディスクを持った手をシーナに突き出して、ガルバは言った。

「これの内容を、全惑星のガーディアンズに配信してくれ!」




(4)

ベクタートラックを降りて、フェイはホルテス・シティに降り立った。
周囲のキャストたちがいつものように他種族に向ける冷たい視線でじろじろ見てきたが、気にしなかった。

何台目かのタクシーを呼び止めて、行き先を告げる。
目的地までは少しあるので、フェイは暇つぶしに情報の詰まったライセンスカードを見つめていた。

-着信-

「(…ん?定期配信にしちゃ妙な時間ね)」

送ってきたのは、すぐ近くのホルテス支部だった。
届いた短いメッセージの後に、一つの動画が添付されている。
フェイは何の気もなくそのファイルを開いて、動画を再生させた。

そこで彼女は息を呑んだ。

動画の撮影日時は、あの事件の直後だった。
そこに映っていた、赤いストライプの入ったコート着た人物。
確かに、フェイの良く知っている人が好んで着用していた服だ。
さらに青い髪と、ちらりとしか見えないが、何度も見つめ合った琥珀色の瞳。

何故、彼が……。

動画は再生中だったが、もう一つメールが届いたところで、急に見れなくなった。
もう一度ファイルを探そうとしたが、勝手に消去されている。

続いて届いたメールはガーディアンズ本部からだ。
そのメールは自動解凍ファイルが仕込まれていて、それが先ほどの動画を消去したらしい。
慌てて作ったのだろう。文面は記号ばかりが並ぶプログラム言語の羅列だった。

ウィルスを私に埋め込んで言いました。雷光姫がお前を倒しに来る、と……。

ガレニガレでの変異した原生生物。そして、ハビラオでのSEED。
フェイの頭の中でもまた、符号が一致した。しかしそれは、ガルバのような前向きな物ではなかった。

何故、どうして。
生きているはずのない人がいて、真っ先に伝えられねばならないはずの自分に伝えられなかった。

彼はいつからいるのか?あの事件の日からだとすれば、かなりの時間が経っている。
ガーディアンズがその間に彼の動作を掴んでいなかったはずはない。

機動警護部から外されたフェイは、動けるようになっていた日から汚い仕事ばかりやっていた。
それはそれで悲劇を忘れるための鎮痛剤の代わりをしたし、何も悪いこととは思ってない。
ガーディアンズはどうやら本当に自分のことを考えてくれているようだと思った日もあった。

その間に、ガーディアンズ機動警護部は、ずっと彼を追っていたとしたら?
そしてフェイに知られる前に彼を消去すれば、同時に時が経っているので、ユートピア事件は「なかったこと」になる。
逆にフェイに知られれば、ユートピア事件が意図的に隠されていた事実が露見するかも知れなかった。
なにせ当事者はフェイとアルベルト、そして犠牲になった乗客乗員だけなのだから。

「お客様、どうされました?」

心配そうにタクシーの運転手が喋りかけてきた。
ルームミラーからちらりと見ただけでも、フェイが冷や汗でべっとりしているのがわかったのだろう。
言葉が詰まったので、首を縦に振ってそれに応じた。呆然としてカクカクと頷いた。
運転手はまだ心配そうだったが、それ以上詮索しようとはしなかった。それがフェイにはありがたかった。

呼吸を整えて何とか落ち着こうとするが、心臓の鼓動が数倍早くなっていて、全然まともに戻らない。
しばらくするとタクシーが停車し、運転手が心配そうに怪しげな乗客を見た。

「つきましたが…」

「あ……ありが…とう」

終始落ち着かない乗客が降りると、それが見えなくなるまで運転手は怪訝そうな顔で見送っていた。

フェイははっきりしない足取りで歩いて、目的地の前に立つと、決心してきたことを確かめるために顔を上げた。

一人で住むには大きすぎる家がそこにはあった。
ゆくゆくは一家が仲睦まじく暮らせる程度の広さ。
ここに住むはずだった人の半分は、その命を散らせていた。

最後の任務が終わったら、自分は引退して、主人となる人のためにこの家を守る…。
だなんて、夢物語みたいなことを思っていた時期をフェイは思い出しながら、泣いた。
涙が止め処なく溢れてきて、体を支えている両足の力が抜けた。

ここに来るといつもそうだった。
一歩で門をくぐれる位置にいるのに、長い長い間隔があるみたいに、その家はフェイを近づけない。
幸せの象徴だったものは、フェイにもう二度と幸せを手に入れる権利がないのだと、思い知らせてくれる場所となっていた。

風が気持ちよく吹き抜ける、フェイの心の闇とは対照的な昼間の風景。
住民のほとんどは働いている時間だったり学校に通っていたりするために、人通りは皆無といっていい。
わざとそういう時間を選ぶのは、情けない姿を見られたくないからだった。

無理矢理カードをねじ込んだポケットから、着信音が鳴った。
音声通話の操作をして、耳に当てる。泣いていることを悟られないために、こちらからは喋らなかった。

「先生?」

通信相手の第一声はそれだった。
フェイのような人物を先生と呼ぶのは、後にも先にも一人しかいない。

「……うん。どうしたの?」

冗談の一つでも言ってやろうかと思っても、何も出てこなかった。
声も小さくて、もしかしたら泣いているのがバレたかもしれなかった。

しかし、当のガルバはそんなことお構いなしに喋りだした。

「配信された動画……見てくれました?先生なら、心当たりがあるかと思ったんスけど!」

そうか。こいつが無許可であんな危ないものを配信したから、すぐに削除されたのか。
たった一人のバカな弟子は、自分がしでかした事の重大さを知らない様子だったが、そのおかげでフェイは全てを知ったのだ。

「今、どこにいるの?」

「宿舎ッスよ!サクヤちゃんが遊びに来てくれてて、動画のデータをくれたんです。
事件解決のための、何かの足しになればなぁと思ったんですが……って、先生?」

通信機から耳を離して、もう一度訪れた場所を見回した。
これが最後だと、目に焼き付けるためだった。このバカ過ぎる弟子のためにも、躊躇してられない理由が出来上がった。

「ガルバ、落ち着いて…聞いて頂戴。恐らくあなたは、もうしばらくしないうちに逮捕されるわ。
私に関わるなって、あれほど言ったのに…バカなことをしたわね。……ただ、その前に話したいことがあるの」

逮捕、という言葉にガルバは混乱した様子だった。
えぇ〜!?とかそんな声が聞こえてきたから、本当に行き当たりばったりで行動に出たのだろう。

これだから、ビーストってやつは……。
しかしガルバが少し考えていれば、身の安全のために動画の配信を止めたかもしれない。

扉が開く音がした。ガルバの通信機からは、ざわざわと慌しい他の人の声が聞こえている。
ガルバを捕らえようと動き出すにしても、早すぎる。まだ間に合うはずだと思い、フェイはもう一度促した。

「そら、周囲も騒いでるでしょ。まぁ悟られる前にさっさとそこを離れなさい。
私を……いや、何でもないわ。場所を指定するから、そこへ来て。待ってる。それじゃ…」

「ちょっと待った!いや、待ってください!」

通信を一方的に切ろうとしたが、ガルバがそれを止めた。

「先生はッ…!!その、アレですよ。ユートピアでのこと、隠されたの、どう思ってるんで…」

フェイは今度こそ通信を切った。答えたくなかったし、答える必要もないと思った。
それも踏まえて、会って話がしたかった。いまや彼女が全幅の信頼とは言わなくても、大丈夫と思えるのはこの弟子しかいない。

何度かガルバから通信が入ったが、全て無視した。
これ以上余計なことを喋るわけにもいかない。
ガルバのしでかしたことと、フェイの状況を考えれば、どこで誰が通信を傍受しているかもわからないからだ。

人の秘密に土足で踏み込んできては荒らして回る。
秘密の内容を知っていても知らないフリをして「アンタは無実だ」なんていうことを平気で言う。
これから彼女を取り巻く環境がどう変わろうとも、フェイのビースト不信だけは変わりそうになかった。

しかし今は、その行動力に助けられている自分がいる。
運命の歯車は、彼女の意図しないところで勝手に動き出した。もはや、一刻の猶予もない。

近い将来、ユートピア事件は世間に知れることになる。
そうなった時、フェイの一生の使命が終わるような気がした。

そうするために、部屋を飛び出してきたのだ。




(5)

フェイに言われるままに宿舎をガルバは、フェイではないある場所に通信を一度いれたが、返事はなかった。
勝手に心の中で約束していたサクヤとのデートは、どうやらしばらくお預けのようだ。
急いでタクシーを呼び止めて、フェイと違ってお金のないガルバは、初乗り価格でいける途中まで送ってもらうことにした。

そこからは返事を待ちながら走る。恐らく必要になるものを、取り寄せなければならない。
遊覧船ユートピアは事件の後、詳細調査のためとガーディアンズが保管し、企業には返還されていない。
その事実は随分前から知っていたが、だからといって別にどうこうするものでもなかったので忘れていた。

しかし今は、それが大いに意味のあるものとなっていた。
一連のSEED事件の原点がユートピアなのは間違いない事実。
そうなれば、あのSEED…アルベルトも、ユートピアから来たとしか思えないのだ。

どうやって外界に逃げてきたのかとか、何故ウィルスをばら撒こうとしたのかとか、そんなことはどうでもよかった。
とりあえずやらねばならないことは、証拠を突き止めて、ユートピア事件をガーディアンズに再認識させることなのだから。

しかし果たして、末端の自分にそんな大それたことが出来るのだろうか?
明らかに機密に触れることだし、下手を打てば一般に知れ渡ることになる。
そうなれば、最高で死刑もありうるというあの機密保持契約に触れてしまうことになりかねない。

ここに来てはじめてガルバはフェイの言った意味がわかった。
頭を抱えて後悔したが、もう遅い。今はとりあえず他のガーディアンズに見つからないように、フェイの元に行くしかない。

フェイも恐らく同じ事を考えているはずだ。
そして、堕ちても一級のエリートたるフェイだから、ガルバがしでかしたことを除けばミスを犯しているとも思えない。

閑散とした住宅街だった。
息を整えながら、手に持った地図を確認して目的地まで歩く。
途中、道案内のキャストがガルバに声をかけてきたが、無視した。

しばらく歩くと、目的地の前に佇むフェイの姿が目に入った。
少しだけ、様子が変だった。といっても、髪の毛が短くなっているくらいだが、切ったのだろうか?

「随分と遅かったじゃない。教官を待たせるなんていい度胸してる」

振り返ったフェイの顔は、いつもの冷徹教師じゃなかった。
妙にやんわりとした表情で、泣いた跡が赤く線になって残っている。
荒々しく切られた髪が、フェイの大人っぽさを無邪気な子どものそれに変えている感じをかもし出していた。

「髪、切っちゃったんですか?」

「どうでもいい質問」

「そっすね…すんません」

すっと目を細めて、フェイは歩み寄ってきた。
何を尋ねてもさっきのように一蹴されそうな雰囲気で。

「わざわざ来てくれてありがとう」

そう言って、フェイは手を差し出した。
その手を何も考えずにガルバは握り返す。

「わかってるのよね?来た、ということは…」

全くわからなかった。
わかっていたつもりだったが、フェイが一体何を考えているのか、ここにきてわからなくなっていた。

フェイは落ち着き払っていた。
だんだんと日が傾いてきていて、まばらだが人の行き交いが見えるようになりだす。

「ねえ、随分なことをしてくれたわね?おかげでさっさと動かなきゃならなくなった」

「あ、すんません…。俺また何も考えてなくて」

いいのよ、とまた後ろに振り返りながらフェイは言った。
しばらく無言のまま時間が過ぎた。風が吹くと、髪の毛がチリのように数本飛んでいくのが見えた。
今しがた切ったのだろう、雷光姫のトレードマークの長い金髪は、今や風になびいても悲しいくらいに短くなっていた。

ガルバは状況に飲み込まれて何も喋れなかった。
その沈黙を、フェイが先に破った。

「でもまあ、あなたのおかげで、ガーディアンズ上層の意図がわかった。
SEEDはもう滅んだものだから、いたずらに世間の目に触れぬよう、私たちの事件はなかったことにする。
当然の判断よね。私でもそうしたわ。だけど、そうされることによって、拭いきれない涙が増えることも確かなのよ」

「孤児院の子どもたち……」

「そう。死んだユートピア乗客の家族や、実際に被害にあったサクヤたちも。
誰か悲しんでいる人がいるのに、それでもガーディアンズはユートピア事件を隠そうとした。
多分ね、アルベルトが生きて何らかの行動を起こしていたのを、ガーディアンズはもっと早く掴んでいたのよ。
それを私に知られたら……ガーディアンズ機動警護部だった頃の私に知られたら、どうなっていたかしら?」

自分への問いかけには思えなかったので、ガルバは何も言わなかった。

「実際、私にも今まで全然わからなかった。
第一あの時、まともな判断が下せる状況じゃなかった私を庇護してくれたのは、紛れもないガーディアンズだもの。
あの時もし私が彼のことを知っていれば、一任していたかも知れないし、気が触れて彼を探しに行ったかもしれない。
そのどちらとしても、ガーディアンズは私にアルベルトのことは知らせなかった。
ありもしない依頼をでっちげて、仕事をさせることで忘れさせようとしていた……。
機密調査部なんて、もう存在しないのよ、私以外はね。それでもガーディアンズは私に知られまいとした。
それが何故だか今になるまでずっとわからなかったわ。やっとわかってみると、時すでに遅し、ときた」

「え?遅かったンすか…?今からでも間に合うんじゃ…」

「誰も傷つかずに終わることは、もう絶対にない。
サクヤたちがいるでしょ?すでに、悲劇を知ってしまった人がいる」

強く風が吹いて、ひゅーと音をたてた。
それでフェイの言葉の最後の方はうまく聞き取れなかった。

「忘れようと努力したわ。実際、その直前まで来ていた。
完全に忘れ去って、新しい人生を歩む。仲間は今までと同じように接してくれたし、そこには何の問題もなかった。
私一人が我慢しさえすれば、何一つ……問題なんてなかった。だけど……」

ぼうっとして聞いていたガルバに、何かがぶつかった。
それがしがみついてきたフェイだとわかると、心臓が飛び出るほどに…びっくりした。

「せ、先生!?どうしちゃったんすか!?」

「知ってしまったのよ!全部!何もかも!!そしたら…もう私…。我慢、出来なくなっちゃった…」

すっと離れたフェイの顔には、いつかガレニガレで見せた涙ではなく、むき出しの悲しさが刻まれていた。
ガルバはうろたえた。このような状況は、彼の何かと足りてない脳では想定していなかった。

「ねえ、ガルバ。どうして私はあなたに会ったと思う?
あのまま誰の目にも留まらずにひっそりと生きていたなら、こんなことにはならなかった!
あの時出会ったのがガルバ、あなたでなければ、こうまでなってなかった…。
ガーディアンズだって今、恐らく同じ事を考えているわ。まさかあなたがここまで動くとはってね」

最後の方は、だいぶ落ち着きを取り戻してフェイは言った。
ガルバがこの問題に首を突っ込まなければ。
ガレニガレのあの日に言われたように、フェイのことを忘れていればこうまでなっていなかったと、彼女は言っているのだ。

「薄っすらとガーディアンズの本意に気づきはじめた時から、私は自分の存在意義を問うようになった。
死んでしまおうだなんてことも何度も考えた。何故生かされてるのかわからなくなるたびに、悪夢にうなされるように…」

「先生…」

フェイはガルバの肩を掴んで離さなかった。
揺さぶりながら、訴えるようにして彼女は叫び続けた。

「そうよね!私がやったんだもの!みんな私が殺したのよ?死刑囚なの、私。わかる?
ガーディアンズに囲われてのうのうと生きながらえてるけどね、もう私は…世間では死んだことになってるのよ!?
罪の大きさに気づいてしまった瞬間、私はガーディアンズの意志とは反対の行動をとる。自分の、贖罪のために!」

サイレンが鳴り出した。
何事かと思って周りを見渡すと、ガーディアンズの車両が二人を取り囲んでいるではないか。

「先生!!」

フェイはまた取り乱していた。
無理もない、仲間だと思っていた者が、気づいてみれば敵だったのだから。

「それも全部見透かされていたのよ!!ただ、生かされてるだけの存在だったの!意味のない、亡霊よ!
そうやって丸裸にされて、何から何まで監視されて、いざという時にはこうやって……消してしまえるようにね!」

フェイはガルバから離れて、あちこちを指差した。
信じられないことに、ライフルを構えたガーディアンズに包囲されていた。
フォトンウェポンのことを少しでも知っているものならすぐわかるのだが、ライフルのセーフティはかけられていない。

「なッ!ちょっとアンタら!それはいくらなんでもないんじゃねぇの!?」

「おとなしくしろ、フェイ・セイロンとガルバ・ベアード!!
お前たちはガーディアンズ総裁の名前で指名手配されている。抵抗せずに……ッ!?」

ガルバの後方から、フォトンウェポンから弾丸が射出される独特の音が、3回ほど鳴った。
その3発は見事に包囲の一番薄い箇所の隊員の足に命中して、彼らは倒れこんだ。

ドン、と押された。振り返ると、ガンブレードを構えたフェイがいた。
彼女の目に、いつもの強くて鋭い光が戻っていた。そして、怒りに燃えているのがわかった。

「ふざけないで!!タダでやられると思ったら大間違いよ!!
ガルバーッ!!逃げなさい早く!!今のうちに、走って…」

ガクンと、足から力が抜けるのがわかると、ガルバは一瞬で天と地がひっくり返ったように倒れた。
立ち上がろうとしても、力が入らない。弾丸が足に命中し、出血している。そしてフェイは……。

構えたフォトンシールドの隙間から、鮮血が噴き出していた。
なおも立ち続けて、後ろの大きな家の門に寄りかかって反撃していたが……すぐに倒された。

銃声がやんで、フェイが完全に抵抗出来なくなる瞬間までの時間が、いつもの何倍もの長さに感じられた。
倒れながら、ぼそりと、だがはっきりと、ガルバの耳に声が…聞こえた。

「ガルバ……ごめんね…」

何故、ここまでする必要が…あるのか……?

「二人を連行しろ!!」

腹部が熱かった。血が流れていることに、最後に気づいた。
意識を失う瞬間、ガルバが見たものは、ガーディアンズに生かされて、ガーディアンズに消されるフェイの、無惨な姿だった。