それは、はるか遠いところのお話。
母なる太陽と、3つの惑星を持つグラール太陽系。
そこに住むヒューマンと、彼らから作られたキャスト、ニューマン、ビースト。
異なる4つの種族は500年にもわたる戦争の後、互いに共存する道を選んだ。

突如グラール文明を襲ったSEEDは、先の戦争で完全に封印されていたはずだった。
しかし、ガルバが機密保持契約書を書かされて見たものは、それを裏切るものだった。

何も出来ない弱い人々を守る。少女サクヤの涙がガルバに決心させた。
牙無き者たちの牙となるため、新星ガーディアンのガルバの戦いが今、始まろうとしていた。



第7章「天を裂く慟哭」




(1)
見えない何かを信じるのは苦手だ。
ちゃんとそこにあって、手で触れれるものしか信用できない。
見えないものに懺悔して罪が許されるならどれだけ楽だろうか。

フェイはニューデイズのトクキ戦災孤児院の前で佇んでいた。
立ち入り禁止の札があちこちにかけてあり、その周りには孤児院を良く知る人々が集まっている。

かなり人は多かったが、この日のフェイは特に気にしなかった。
もとい、もう気にする気にもなれないというのが現状だった。

あの日以来……ハビラオでの一件があってから、ずっと悪夢を見続ける。
朝起きれば前の晩より疲れた自分がいて、汗で濡れた服を脱ぐ。
ナノトランサーに登録してあった着替えは定期的に洗濯して入れ替えをせねばならない。
それを怠っていたから、フェイはいつも好んで着る服を全てルームのクリーニングセットに放り込むしかなかった。
だから今着ているのは、大昔にも一度着たかどうかすらわからないフード付きの地味なジャケットだ。

フードを深く被って、ナノトランサーに余っていたチューインガムを口に入れて噛む。
たまにぷくーっとガムで風船を膨らますと、信心深い周りの人があからさまにいやな顔をした。
そんなことは気にしなかった。悪いとも思わなかったし、反骨心が芽生えることもなかった。

ガムだけではさすがにお腹が鳴ったが、食べ物の買出しにも行っていないから食べるものがない。
ミッションはなかったが、フェイの疲れは日常生活にすら影を落としていたのだ。

なぜ孤児院に来たのか。それはフェイにもわからない。
ただ、ここにくれば落ち着くような気がしたからだった。

「祈ったって何にもならないこともある……か」

一人、誰にも聞こえないように呟いた。
それが過去に自分が言った台詞だとは特に意識せずに。

土地の管理者が何やら騒ぎ出した。
それが人払いの合図だと気づいたのは、フェイが一人になってからだった。

詳しい検地に入るのだろう、人払いをした後、ここにはガーディアンズの総合調査部も来ることになっていた。
何せ、SEEDウィルスが見つかった場所だ。今後この土地を管理する者と情報を持つガーディアンズが組むのも珍しくない。
もちろんその管理者はSEEDウィルスのことなどは知らないだろう。子どもに自殺者が出たとか、そういう嘘をついたのではないか。


仕方なく孤児院を離れて、フェイは乗ってきた多人数用フローダーの一番後ろの席に座る。
湿地帯や足場の悪い天然の要塞が続くニューデイズでは、フローダーはよく足代わりに使われていた。
教団の資金で各地方に整備された定期便は、もはやニューデイズに住む人ならグラール教の信者でなくても必須だ。

何となくジャケットの胸ポケットに触れると、何か堅いものが入っていた。
それを取り出して、フェイは太陽の光を手で遮りながら確認する。

何か書いてある、古いタイプの情報カードだった。小型化されたノートみたいなものだ。
今は全てフォトンエネルギーを使った無機質化が進んでおり、このタイプのカードは時代遅れもいい所だった。
指で強く触ると画面が切り替わって、そのままスライドさせると画面が下にスクロールする。
電源はナノトランサーでも何でも、挿せる部分に挿せば勝手に充電して画面が映るのだ。これでも当時は画期的だった。

びっしりと書いてある文章は、フェイがガーディアンズに入隊したばかりの頃に経験した任務内容だった。
そうか、このジャケットは、ガーディアンズでいつかイベントをやった時に配布された制服だったのだと思い出す。
その証拠にそのカードの一番最後の行は、イベント進行の司会にアルベルトを使うのはまずい、という注意書きがあった。

不意に笑みがこぼれる。
当時の思い出がふっと蘇り、辛かったけど楽しかった時期が自分にもあったのだとフェイは不思議さを感じていた。

懐かしいな、あの頃は何歳だったっけ。まだ成りたての頃だった。
毎日が充実しすぎていて、こうやって振り返る時間がもったいないほどに忙しかったな。

フェイがちょうど二十歳になるころ、ガーディアンズで無機質化された情報カードが使われるようになった。
誰も最初、その新技術に眉唾だったが、使ってみるとその便利さにすぐに虜になった。
さすがGRMじゃ、とネーヴ校長が一人一人に配りながら言っていたっけ。

当然のようにいた仲間、大切な人。そこから紡がれる思い出。苦い経験もあった。
それらを一瞬で失くしてしまったとき、フェイは自分の中で何かが壊れたのを意識していた。
流れていく感覚とか、空気の肌触りとか、言葉では表現できない「あって当然」の何か。

ガルバと出会い、忌々しい任務に駆り出され、疲れを回復する間も無くSEEDと戦闘をした。
その間、フェイの中で何かが変わったような気分はなかった。何も変わらない。止まってしまった歯車のように。

やがて疲れが溜まりだすと、どうしてそんなことを思いつくのだろう、というような悩みが体全体を蝕んでいく。
悪夢を毎日見て、誰とも話さず、何度か寝て起きて、そして今に至る。
もう一度、何故孤児院に来たのかを、フェイは唯一つ意図的に持参していた小さなフォトンナイフを見て考えた。

誰にも見えないようにそれを喉元に当ててみる。
若干熱を帯びたフォトンの刃が脈に触って、あと少し力を込めれば全ての苦しみから解放される気がした。
寸でのところでフェイはナイフをナノトランサーにしまい、そのくだらない発想を頭に押し戻す。

こんなもので罪を償うつもりだったのか。全くどうしてそんなことを思いつくのか。
以前には絶対になかったことだ。結局、逃げたいだけなのだ。すっきりして楽になりたいのだ。
そういう人を見ても哀れみの気持ちすら浮かばなかった過去の自分が、うっすらと視界に映ってこちらを蔑んでいる。

あーあ、そんなことをしても周りの人が許してくれるはずもないのに。
バッカだなぁ。少しは名誉を回復してやろうとか、そういう気にはなれないのかしら?

うるさい。違う。そんなんじゃない。
お前はまだ知らない、ちっぽけな人間の小さな理性一つでは何ともならない苦しみがあることを。
いもしない過去の自分の姿を空気に投影し、そして首を振ってそんなことを思いながらさらにフェイは息苦しくなるのを感じた。


全く、どうしてこうなってしまったんだろう?
フードを被りなおして、揺れるフローダーの上でフェイは考えた。
考えているうちに、眠くなってきた。寝るとまた悪夢を見るのだろうか?

最近すぐ眠くなるな。走り回ってもないのに、難しい問題に頭を使っているわけでもないのに。
目を瞑らないようにして、古い情報カードをポケットにしまって、手を日光にかざした。
すると、まるで示し合わせたかのように、フローダーは人工的に作られたトンネルの中に入り、日光が届かなくなる。

まるで今走っている道のようだ。
自分の力では何ともならない大きな力が、自分から光を奪ったのだ。

そう結論するしかなかった。
結局、眠るまいとしていた努力はあっけなく崩れ、長いトンネルの途中で力尽きてフェイは眠りに落ちた。





(2)

ホルテス支部にある宿舎は、コロニーにあるマイルームよりも狭かった。
合理的なキャストが支配する街なだけあって、全く無駄のない作りだからだ。

ガルバは疲れた体をベッドに埋めていた。まだまだ、これからなのに。
体力にだけは自信があったはずが、体がついてこない。毎日毎日くたくたになって、この有様だ。

ここにきてガルバは、はじめての正式な任務をやるようになっていた。
テロ対策という名のもとに、ひたすらパトロールを続けるというものだったが。

担当地域は比較的人通りが多く、そういう事件などは起こりそうもない場所だ。
ガルバが新人というのを配慮してのことだろう。それに、彼にはヒューガという頼もしすぎるパートナーもいた。

ヒューガはヒューガで、任務中でも暇を見つけてはナンパしている。
ガルバはまだ、緊張もあって、ヒューガのような余裕が生まれそうもなかった。

そういうわけで、ガルバがこうしてダウンしてる間も、ヒューガのおかげで安心して休むことが出来ていた。
ヒューガは、入隊してまだ日が浅いガルバに、暇さえあれば様々な訓練を施してくれていた。
無論、そこから来る疲れもあるのだろう。なにせヒューガは剣を使わせればガーディアンズ内でも右に出るものはいない腕前だ。

ガルバは考える。いつだったか、一度だけフェイが手合わせをしてくれたことがあった。
彼女の場合は強いなんていうレベルではなく、気がついたら負けているという具合だったから練習にはならなかったのだが。

まだまだね。そんなわけのわからないもの振り回す前に基本から学びなおしておいで。できれば訓練校で。
フェイは、教えるのが面倒だからか、何かにつけてガルバを学校に戻したがっていたものだ。

微動だにせずにガルバは体を休めていた。
連れてきていたマリーちゃんも、ここに来て少し成長した。
何か羽が生えてきて、抱っこするには大きくなりすぎたが、よく喋るようになったし、好き嫌いもしなくなった。
今はガルバがヒューガに譲ってもらったお古の武具を、倉庫機能にしまおうとせずに食べようと躍起になっているようだ。

少し休んだら、また任務に戻らねばならない。
ガルバは疲れた体に鞭打って、とりあえず何か腹に詰め込もうとマリーちゃんを呼び寄せた。
彼の愛すべきPMは、セイバーを使用状態から解除せずに迫ってくるので、ガルバは一瞬命の危機を悟る。

浮かぶ頭をぺしっと叩いて叱り付け、食べ物を要求した。
少しお待ちください、と言って倉庫を検索しだしたマリーちゃんは、すぐに携帯食料を吐き出した。

「おい、こんなんしかないの?」

言いつつも包みを開けながら、一口でそれをほうばる。
うまくもまずくもないぱさぱさした食感が、何ともいえない倦怠感をガルバに与えた。

「欲しければ買って来て下さい。もしくは、私を外に出れるように設定して下されば買いに行きます」

マリーちゃんは背中を向けながらそう言った。
背中には直接PMの機能をいじるコンソールが備え付けてあるからだが、ガルバは操作がわからないので見もせずに突き飛ばした。

「あー、いいよ。マリーちゃんはここにいて。さて…じゃあ行くか」

「あうう、行ってらっしゃいませ、ジュニア」

ガルバがよたよたと起き上がるのを、マリーちゃんはすっと移動してきて目の前で体を支える。
足取りを確認しながら、プライドを振り絞ってPMをまた突き放し、ガルバは宿舎の出口へと歩いていった。

外に出ると、いきなりヒューガと鉢合わせになった。
甘い香りのする何かを持って、ヒューガはおおうと驚いた声を出す。

「ちょうどよかった、今行こうと思ってたんですよ」

新人のガルバに対してもヒューガは敬語でそう言った。
ヒューガとガルバは同い年なので、すぐに打ち解けて、何でも話せる間柄になっていた。

よく見ると、手に持っているのはアップルパイで、パトロールで巡回するルートにあるお菓子屋さんのものだとすぐにわかった。
ガルバがヒューガと一緒に歩いている時、一度アレを食べてみたいと言っていたのだ。それを覚えていてくれたのだろうか。

「くれるのこれ?」

「ボクはさっき食べたばかりですが、なかなかおいしかったですよ。おすそ分けです」

そう言ってヒューガは焼きたてでパリパリのアップルパイを差し出した。
これがかわいい女の子だったらなーとかガルバは夢想しつつ、それを受け取った。

「ラッキー、お腹すいてたんだ!!じゃあ遠慮なく……」

パクリ。瞬間、口の中に凄まじい衝撃が走った。
何事が起こったのかすぐには理解できなかったが、ヒューガが腹を抱えて笑っているのが見える。

「はふっ、こふぉ…だまひたな!!」

辛さだ。辛さがガルバの体に火をつけたように口の中で暴れだす。
表面上はアップルパイでも、中身をすりかえられていたようだ。
ヒューガがここまで手の込んだいたずらをするとはガルバも予想外だった。

「アハハ!!いやー、君は騙し甲斐がありますねぇ。こんなに簡単に引っ掛かってくれるなんて!
第一、このボクがかわいい女性以外に贈り物をするはずがないじゃないですか!」

「ケホッ、どういう持論だよそれ……」

それでも全部飲み込んでガルバは息を整える。
すっと差し出された飲み物は受け取らず、口の中に冷たい空気を何度も入れた。

「水、いらないんですか?」

「いや、いいよ…どうせレモンの絞り汁とかそんなのだろ?」

「ひどいなぁ。ボクがそんなことする人間に見えますか?これはただのお酢なのに…」

そう言いながら、ヒューガは残念そうにナノトランサーに容器をしまった。
まさかと思って受け取らなかったガルバも、本当に連続でヒューガが悪巧みをしていたのにはドン引きせざるを得なかった。

「テメー最悪だ…」

「まあそう言わずに。お腹が膨れたところで、交代の時間ですよ」

しゃれた腕時計を見ながらヒューガは言った。
一人一人に配られた情報カードのおかげでそんなアンティークは不要なのだが、ヒューガはそういうのに余念がない人だった。

「わかってるよ……終わったらまた訓練でしょ?」

「当たり前です。君はまだまだ見ていて危なっかしいですからね。ボクの背中を預けるには、もう少し強くなってもらわないと」

「まるで指導教官だな……。まあいいや、行ってくるよ」

「お気をつけて。多分何事もないと思いますがね。何かあったら、無理せずに呼んでください」

「あいあーい」

ガルバは結局、宿舎を出たときよりも疲れた体で、パトロールに行くことになってしまった。
後ろで思い出し笑いをするヒューガの声が聞こえたが、さっさと終わらせて帰りたい気持ちが勝ってそちらに振り向くことはなかった。




(3)

受付のところで何故か機能停止していたシーナを再起動させて許可を取るのが遅れたため、ガルバが支部から出たのはすっかり暗くなってからだった。
メールが届いてたので確認すると、それは本部からで、テロリストたちの動きが顕著になってきていると書いてある。
現にガルバたちの担当区域以外では、チラホラ良くない噂も耳にするようになっていた。
事件が起こった場所などではすでに様々な憶測が飛び交っており、平和だった街中にある種の刺激が加わった状態だった。
それ以外にも全体の情勢なんかも添付されていたが、の全ガーディアンズに送られる定期配信のようなものだろう、特にこれといって目に留まる変化はないようだった。

あっそ、と半ばどうでもいい気持ちでカードをポケットにしまい、ガルバは決まったコースを巡回するために角を曲がって大通りに出た。
昼間と打って変わってアウトローな雰囲気が強いホルテス・シティの大通りでは、あちこちで酒に酔った人がわめき散らしている。
この時間帯になるとキャストのほとんどは家に帰っているためかおらず、代わりに夜遊びが好きな他の種族が大勢いるのがいつもの光景だ。

活動時間と休暇を完全に区別してその通りにきっちり動くという、頭では理解できても、感情が先走るキャスト以外の種族では何とも整理の出来ない習慣を、製造された日から実践しているキャストは意外と多いのだ。
警察機構などの基本的な行政分野はキャストが支配するパルムだからこそ、彼らの力が弱まる夜間は次に数の多いヒューマンの時間帯であるといっても過言ではなかった。

気をつけて歩かないと、規律なくフラつく大勢に飲み込まれそうになる街……。
ガルバが育ったモトゥブでは、商取引が行われる場所以外では常にこんな感じだった。
どん、と体の小さいヒューマンの中年の男がガルバにぶつかって、睨みつけてくる。
ガルバはガルバで、見てくれはガラの悪い若者だから、ニヤリと笑ってやると、男はそそくさと姿を消した。
妙に懐かしい感覚と、握り締めた拳が中年の頭に振り下ろされなかった微妙な残念さが、いつものようにガルバの足取りを重くする。
そんな風にきょろきょろと田舎者丸出しでガルバが歩く姿は、パトロールの巡回地域に当たる場所にたむろする人々の間ではすでに有名になっていた。

通りはいくつもの小道に分かれていて、それぞれがどこか別の大通りに繋がっている。
これを全て覚えようとすれば、二日三日では無理だろう。
ガルバの場合、パルムに来たのが数えるくらいしかないのに、初めての任務がいきなり首都のパトロールなのだから酷だった。
きっと迷子になってヒューガを呼び出すことになるので、常に左の手のひらの上には通信機が準備してある。

人ごみを抜けて現在地を確認すると、やはり巡回ルートを大きく逸れているのがわかった。
かといって方向も目印もわからない大都市の裏道で、ぽつんとしていてもどこに戻ればいいのかまずわからない。
昼間なら機械的に道を教えてくれるキャストがいるが、この時間だとそのガイドもいない。

「めぇぇんどくせええぇぇ……もぉぉぉ…」

マジで、やってらんねー…こんなこと。
ガルバが思い描いていたガーディアンズ機動警護部の任務と全く違うことをさせられているから、余計にそう思ってしまう。
しかもやっと歩き終わって宿舎に帰っても、娯楽が皆無の部屋で寝るだけなのだからひどい。

まるで囚人だ。ん、囚人?
前も見ないでカードの現在地マーカーが動くのだけを凝視しながら考える。

フェイ・セイロンは脱獄死刑囚として指名手配中です

背中がぞくっと震えて、まるで呪文のように憎たらしいキャストの声が脳内に響き渡る。
ガルバはあの一件以来、ルウが苦手になっていた。パルム支部に着いたら彼女がいたので、まずそれでやる気がなくなったほどだ。
ルウには数種類いるというのはもちろん聞かされていたが、そのキャスト以外ではありえない不自然さがさらに気色悪い。
ともすれば精神論だけで何とかしようとする気概のガルバだからこそ、理詰めのキャストが好きになれなかった。

先生は、どんな気持ちなのだろうか?
かつてのガーディアンズ機動警護部のエリートは、今は呪われた過去とともに死刑囚だ。
プライドを傷つけられたエースは、一人部屋に閉じこもって、誰とも話そうとせず、皆が嫌う仕事を回される。
自分の育成がその中の一つだったとは思いもしないで、ガルバは自分の楽観的すぎる性格をフェイの現状に重ねて戒めようとした。

さて、そろそろ大通りに戻る。今度こそは迷子になるまいと目印を見つけて歩き出した。
ガルバの目に留まったのは大きなショッピングモールで、深夜にもかかわらず光の装飾が眩しかった。
あそこを曲がればいつものコースだ。ガルバはポケットに通信機を押し込みながら歩き出した。

人が少しだけ減っていた。その分歩きやすく、周囲の状況が見えやすい。
もし仮に、この時間帯にピンポイントで人が少なくなるということを誰かが綿密に調査していたらどうだろうか。
テロが起こるのは、常にそういう状況になった時だと訓練校で学んでいたガルバは、自然と辺りを警戒しだしていた。

一度、二度。
視線を移して、全体図を頭に叩き込み、しかし足はしっかりと目的の場所へ向かわせる。
隙を作らぬよう、全てを疑って見ることだ。ガルバのそんな鬼気迫る表情に、一般人は何も言わずに彼に道を開けた。
あなたは必死すぎるんですよ、もっと肩の力を抜いたらどうです?ヒューガがいればこう言ったに違いない。
ガルバも集中とかそういうのは苦手な方だから、以前までならそれに同意していただろうが、今のガルバはそうならなかった。

弱い者のために見たくないことまで見なければならないのだ。
サクヤの顔を思い出しながら、ガルバは怠けそうになる自分を心の中で叱咤激励していた。

しかしそこには、そんな自分がかっこよくてステキで、想像上の自分はきっと輝いて見えるんだという下心もやはりあった。
夢想してニヘっと笑ってしまうガルバ。気味の悪さに、向かいの通りを歩いていた数名があからさまな表情をする。

その中に、さっきからずっと視界に入ってくる人物がいたのを、ガルバは表情を変えることなく記憶した。

夜の闇に溶け込みそうな青い髪、黒いコートに身を包んだ長身の男。
ともすればそのまま闇に消えてしまいそうな雰囲気。だがガルバの視界に彼は居続けた。

パトロールも複雑なこの通りを終えれば後は楽だ……。
案の定、あまりの大きさでどこに立っているのかわからなくなる巨大なモールの中で、ガルバは再びくるりと辺りを見回した。

「………あれ?なんだ」

ショッピングモールは光り輝いていた。
光が目に入ったせいか、少しだけガルバの目が眩んだ。
そんなことはどうでもいいのだ。閉店時間が来て人通りが極端に減ったモールに入ったのはガルバの計算だったのだから。

だが、いない。冷えた感覚が背中をなでたが、見逃したターゲットを必死で目で追おうとする。
前後ろ、右左、上下。首を動かして全て確認しても、いない。

ちょうどガルバが下を向いて顔を上げたとき、どんっと誰かがガルバにぶつかった。
人通りの少ないモールの僻地で、狭くもないのにぶつかられたのだ。ガルバの体に熱がこもりだした。

「待て、お前……」

「待つさ、俺の目的もお前」

返事が返ってきた方へ瞬時に振り向いた。そしてガルバはあとずさる。
黒いコートに彩られた赤のストライプが怪しく煌いており、風もないのに髪が揺れている。
奇妙なまでにひん曲がった唇、高い鼻と鋭い眼光。そして、人間とは思えない顔色……。

「フェイを返してもらおうか、クソッタレのガーディアンズゥゥ…!!」




(4)

禍々しい雰囲気が辺りを包む。一切の生命の存在を許さないような空気…。
二人だけその空間に取り残されたような気分だった。だが、殺気は感じられない。
ニィ、と笑い、ガルバの前に現れた男は、説明してやろうといわんばかりに少しだけ手を広げて見せた。

「数ヶ月前、俺はとある事件で……殉職した。人としての命を…失った……」

その手はそのまま天を仰ぎ、その様子はまるで主役の舞台俳優がスポットライトを当てられているかのようだった。
存在感が異様な空気にあいまって強調され、声は静かなモールに墨まで響き渡っている。

ガルバは体が凍り付いて動かなかった。
この男が…「フェイ」という名前を喋ったこと、そして、数ヶ月前の事件。

ガルバの頭の中で様々な符号が最悪な方向で一致しだした。
記憶…再生されるフェイの声、悲痛な叫び、秘密、事故、そう事故。
ガーディアンズが今も秘匿し続けている、ユートピア事件。
ハビラオ禁止区での事件、人に感染するSEED、あの様相、あれがSEED……。

ちょうど今この男のように体から異様な空気を……。

「ごきげんよう……ガーディアンズ…フフッ」

「お前……何者だよ?あんまり変な様子だと、逮捕すっからな」

「フフフッ……フハハハハ……逮捕、逮捕か。そうだな、俺はもう死んでるものなァ!!」

男の高笑いがガルバの耳をつんざく。今はもう、疑う余地もなかった。
テロリストとかそういうのではなく、とにかくこの男は……危険だ。

ガルバは素早く通信機のSOSボタンをポケットの中で押した。
もう恐怖していた。勇気が出ない。あの日ハビラオで感じた恐怖と同じだった。

足が震えて、がくがくと顎が鳴った。
武器を出すのか、いや、市街地で専守防衛のガーディアンズが先にフォトンウェポンを出すなど考えられないことだ。
目の焦点が合わない。目の前の男が、ほんの手前にもかなり遠くにも見える。距離感が消滅して平衡感覚が薄れていく。

ふざけんなよ、俺の体!!何だって大事なときに動かないんだ!!

「素性不明瞭と…っ怪しい言動…。お前を支部へ連行するッ!!」

やっとのことでそう言ったガルバだったが、腰が抜けて足の力だけで体を支えている状態だった。
男はもう笑うのを止めており、哀れむような目でガルバを見ている。

ついに男は手を下ろして、大きなコートの中にそれを埋める。
コートはマントのようにひらひらとなびき、打って変わって落ち着いた様相が男に備わった。

「不甲斐ないな。あの日、ガレニガレでフェイを釣ってみた時、一緒に居たのはお前だったはずだ。
お前のおかげで、フェイはまだガーディアンズに囲われている。……あの時を思い出してみろ」

ガレニガレの記憶は、まだ鮮明にガルバの頭に残っている。
あの日あの場所で、指導教官と訓練生を襲った怪物の正体……。

「がっ……!?何でそれ知ってるんだよ?」

意識と口が同時にかみ合わない感覚がガルバを直接操作しているかのようだった。
口をついで出た言葉は、いかにも、といった疑問だった。どうでもいい疑問…。

「……ところで、SEEDを見た感想はどうだった?」

「なんだとっ」

「フフフウウウ……ヒヒヒッ…ハハハッ……怖い怖い、怖いよなァ!!」

また、気が狂ったように笑い始めた男を見て、時折、この男が自我を保てなくなる……何かに、支配されてることを悟った。
それは単なるガルバの直感だったが、ここ数日の経験で見てきたことが、その直感の正確さを裏付けている。
一つ確実に言えることは、この男が、ガルバが関わることになった最近のSEED事件に、何らかの因果関係があることだ。

錯乱する理性が、男にいいようにかき回されている気分だった。
凄まじいストレスにガルバは吐き気を感じながら、ガレニガレ、通信記録、ハビラオ、様々な記憶を整理するしかなかった。

「フゥ…フェイは元気にしてるか……?ガルバ・ベアード君」

頭をブンブンと振って、男は急に冷静になった。
熱病にでも冒されているのか?原因がそれならばどれだけ悩まずに済むことか。

「……さっきから何でお前、先生……フェイのことを知ってるんだよ?
ガレニガレでは俺たち以外にいなかった。ハビラオでSEEDを見たときもお前はいなかった。
なのになんで知ってるんだ。ここに出てきたというこたぁ、もう確信犯ってことだよな……いくらアホな俺でもわかるぞ」

ゆっくりと、ガルバも、混乱した頭で整理した事柄を喋った。それに対する男からの返答は期待せずに。
だが意外にも返事は早かった。それも、まるで親しい後輩に先輩が諭すような口調で。

「まだ新人のようだな…?そんな簡単に見ず知らずの人間に、SEEDやら何やら、機密を言うものじゃない。
場合によっちゃ、お前が捕まるぞ。クッ……お前のために言ってるんだ……くそ……頭がいてえ」

急にフラフラと苦しそうに、男はしゃがみこんだ。
ガルバは精神状態の安定していないこの謎の男の詮索は、自分が混乱するからやめた。
そして、とりあえずいかにしてこの場を切り抜けるか考えることにした。

よくはわからないが、この男は知りすぎている。
まるで今まで、ガルバがガーディアンズに入隊してからのことを、近くで見てきたようだった。
機密保持契約までした情報もどうやら知っているようで、口を滑らせたガルバを牽制する余裕さえあった。

しかし、牽制……。
ガーディアンズの内部でしか知りえない情報、ということを認識していなければ出来ないことだ。

ユートピア事件にあたったガーディアンズは2名だったそうだ。
そのうち1名は……フェイじゃない方は…殉職したと聞いていた、あの機密保持契約の時に。


誰か……

応答……ルウ……聞こ……る

この宇宙船は……

すでに、SEEDの……食を…け


SEEDを見た感想はどうだった?


最後、その符号が合ってしまえば、この事件は解決に向かうのかも知れない。
だがありえないことだ。この男が、ユートピア事件で殉職したガーディアンズだなんて。

人としての命を失っただと?んなバカな…。

考えれば考えるほど混乱が増す……。もうやめだ。もうすぐヒューガが、仲間が来る。
恐怖で目が霞んで、怪しすぎるこの男を逃がしてしまうのが一番許されないことだ。

「……もう、おとなしくしていてくれ。何かアンタ、やべえよ。
くそ、何だって俺の時に面倒なヤツが出て来るんだ……」

浮かんでは消える、疑問のための疑問の循環を無理矢理ストップさせて、最低限の理性をガルバは取り戻しながら言った。
男は相変わらず頭を抑えて屈んでいたが、その言葉が聞こえたような素振りは見せなかった。

ガルバは、これら全ての事件が終わった後に、こう考えることがあった。
もしあの時、この男が、ヒューガたどり着くあと数分間、正常な意識を保つことが出来ていたのなら、と。

それは結局叶わずじまいだったのだ。
ガルバがもう大丈夫と背を向けた途端、背後で巨大な何かが立ち上がった……。




(5)

「ガルバッ、ガルバ・ベアード!!てめぇさえいなけりゃああああッ!!」

振り向き、ガルバも今度は即座にフォトンウェポンを取り出した。
だが間に合わない!すでに男はガルバの視界から消えていたのだ!!

どこに……っ!!

「ガルバ、伏せてくださいッ!!」

ガルバの周囲、どこかの方向からそう叫ぶ声が聞こえた。
よく聞く声だ。さっきガルバに激辛アップルパイを食べさせた男の声…ヒューガが近くにいる。

しかしガルバの頭は錯乱しっぱなしだった。
その声に反射的に体が反応していなければ、どうなっていたことか。

「グギャアアアアアアッ」

突如、ガルバの目の前に異物が落下してきた。
ボトッボトボトッ。それは地面にぶつかって弾けて、生々しい音を立てた。

伏せた体を起き上がらせることが出来ず、ガルバはソードを放り出したまま手を頭の上において震えていた。
液体を散らしながらさらに量を増す謎の物体。一瞬目を上に向けたとき、信じられない光景が入り込んできた……。

腕や脚……だったもの、体、頭、そして骨、真っ黒な皮膚。
雑巾のように破り散ったコートは特徴的な赤いストライプが光に反射して眩しかった。

「う、うわああああっ!?」

何だこの怪物は………。
本能が体全体に力を加えて、一気にガルバはその場から飛び退いた。

「ウグァ!!てめえ、ヒューガか!!てめえも結局、あいつらの味方なのかよ!!
お前もフぇイヲ…オれのハグゥゥアウウッオレのググググ…ゥゥゥ!!」

「せめておとなしくしていてください、アルベルトさん……!!何故、目覚めてしまったのですか」

ガルバは、巨大なグレネードを空に向けるヒューガを捉えた。
爆音とともにフォトンの砲弾が高速で撃ち出され、その都度耳をつんざく悲鳴が響く。

「ヒューガ……なにこれ」

「話は後です、ガルバ。あなたを囮に使わせてもらいましたよ……武器を取って!!」

ギャアアアアアアッ!!近い、だいぶ近いところから悲鳴が聞こえ……。

「お、おう!!……そりゃああ!!いつまでも負けてばっかりじゃねえぞ!!」

振り向いた先に、怪物がいた。
ガルバはやっとのこさ握って来ていたソードに力を込めて振り回し、それを弾き飛ばす!!

その一撃で、再び怪物は視界から消えた。
ヒューガと背中合わせになって、辺りを見回す。

片手にソードを握って地面にぶら下げているガルバに、ヒューガが持っていたグレネードを差し出した。

「あなたが使ってください。ボクの戦闘タイプでは補助されてない武器ですので、負担が大きいみたいです……。
ボクが、隙を作ります。次にアル……いえ、あの怪物が目の前に出てきたら、構わず撃って下さいよ。
その時は、グレネードの最大の出力でお願いします。試験戦闘タイプに志願までしたあなただけにしか出来ないんです」

そう言うと、ヒューガはいつもの軽い態度からは想像できないほど鬼気迫った表情で、ツインセイバーを出して前に出て行った。
ガルバは渡されたグレネードをしっかりと掴んで、自分の実力ではうまく扱えそうにない高級品にしげしげと目を走らせる。

GRM社がその分野ではパイオニアのテノラ・ワークス社に対抗して作り上げた、アスールファイアというグレネードだった。
ふんだんに新技術が使われたその一品は非常に巨大で、抱えているだけでもなかなかに疲れる代物だ。
内部構造もさすがGRM、非常に安定しており、発売後すぐに愛好家に買い占められるほどの性能を誇っていた。

砲身からもやもやと空気を歪ませて放熱している。
一発一発が重いグレネードは、連射がきかないのが最大の難点といえた。
だからこそ、ガルバが先日から挑戦している新戦闘タイプ「ファシネイター」の力を最も発揮できる武器なのだ。


(補足箇所)
ガーディアンズで公開されている戦闘タイプは本来、同盟軍やその他の人々が使用可能なものと同じである。
しかし、その同盟軍などが使用不可なもの、すなわち新しい戦闘タイプの開発は、その分野では専門のガーディアンズが行うのだ。
ガーディアンズ装備開発課が導き出した新戦闘タイプは、SEED襲来の時以来、その必要性を高めていたため、次々と編み出されていった。
さらに性格を強めて特化したフォルテ系の戦闘タイプをはじめ、フォトンの力をうまく身体能力にリンクさせて戦闘速度を速めることに成功したアクロ系、性格の異なる戦闘タイプを複合させた万能系など、これまでにも多く実用化が進められ、急速に全世界に普及していった。

そして今、SEED事件が一段落したグラールにて、新たな脅威に対抗するために開発中の戦闘タイプが、ガルバが志願した試験戦闘タイプ「ファシネイター」である。
その他にも、フェイなどが使用中の局地戦特化のエクストスも試験タイプだが、ファシネイターはその性格上、未だ実用の段階に達していない、いわば非常に危険な戦闘タイプなのだ。
普通なら、体内に流れるフォトンを調整して武器に対応させるのが戦闘タイプの役割だが、そのフォトンを急速に取り込めるように体組織を改造し、ほぼ全ての武器の使用に対応させるだけでなく、さらにフォトンアーツの威力を劇的に上昇させるという、何とも無理な設計であった。

フォトンは体によくない物質ではないのだが、取りすぎるとよくないのはハビラオで実証済みだ。
つまり、ファシネイターとなったものは、常に高濃度のフォトンの中にいるような、眩暈というか、体力の消耗を余儀なくされるのである。
だがそのデメリットをかき消すだけの大胆なメリットのあるファシネイターは、今装備開発課で最も集中的に研究されている戦闘タイプなのである。
(補足終わり テスターの皆様、この文章が必要かどうか判断してください)


ガルバは、アスールファイアのグリップを握り締めて集中した。
頭がぼおっとなる独特の感覚は、ヒューガとの実戦訓練で経験済みだ。

ファシネイターが最も力を発揮できるのは、主砲として、一撃必殺が狙える状態を維持することである。
連続して前線に留まることが出来ないので、ファシネイターの役割は常に後衛である。
これは、ガルバのような新人にとっても、目まぐるしく変わる戦況をじっくり確認できるという意味で適職といえた。

辺りは嘘のように静かになり、集中すれば集中するほど音が聞こえなくなる。
ヒューガはどこまで追っていったのだろうか。あの怪物はどこまで逃げたのだろうか。
アルベルト、とヒューガが呼んでいた怪物。名前がわかるということは、あれがこのテロの犯人で間違いないのかもしれない。

そんなことを考えながら、ガルバは設計での基準値を大きく超えたフォトンを注入されて悲鳴を上げるグレネードを抱えて待った。
風が妙に冷たかった。夜がだんだんと白けてきて、あと少しすれば朝が来るという時間帯。
その、一瞬気が抜けた時だった。真後ろで、ガルバの後ろで、ドスンという音が聞こえたのは。




(6)

またこのパターンか!ひゅっと縮こまる体を意識して、ガルバは慌てて振り向いた。
口は半開きになっていて、あわわ、と小さく震えて声が出る。振り向いた先に、どす黒い何かが立ちすくんでいた。

撃て、撃たねえと死ぬ!!やべえ…!
無我夢中で引き金を引いたガルバだったが、グレネードからはポスンという情けない音だけが鳴った。
セーフティを解除していなかったために、基準値を超えたフォトンを外部に射出することを機械が拒んだのだ。

なんてこった、絶体絶命だ…。そんな時、不意にポンポンと、誰かがガルバの肩を叩いた。

「もう大丈夫ですよ、ガルバ。そいつはもう動けません」

「へっ……?」

さっと我に返って、今度はじっくりとその物体を眺めた。
先ほどよりは明らかに小さくなっており、生きているという感じがない。
しかし妙な音はたてているし、ブジュブジュと液体は垂れ流すしで、気味が悪いのには変わりなかった。

「逃げられましたよ。彼はまた……いえ、何でもありません」

ヒューガが何かを打ち消して、言葉を切った。恐らく、アルベルトという名前についてなのだろう。
言えないということは、ガルバのような下っ端にはまだ知られていい情報ではないのかもしれない。
年齢は同じでも、ヒューガとガルバの位は大きく違っていた。

ひょい、と、ヒューガがガルバからグレネードを取り上げた。
君にはまだ扱えなかったのですね、と苦笑いしながら、軽く引き金を引く。

ボスン、と小さな音を立てて砲弾が射出されると、真っ黒に固まった前方の物体を砕いた。
どこから来たのか、ガーディアンズの制服を着た研究員たちが一斉に集まってきて、その破片を拾い始めた。

いつの間にか、ショッピングモールはガーディアンズの手によって封鎖されていたのだ。
白んできた街に、たくさんの野次馬が騒いでいるのが見える。
そのどれにもガルバは気がつかなかったのだ。戦闘中、彼はずっと中央で震えていただけだった。

「結局、役に立てずじまいかよ」

一人呟いたガルバに、ヒューガが大げさに首を振って近づいてきた。

「何を言っているんです。あなたのおかげですよガルバ。
もう長いこと、あの怪物が君を狙っているのはわかっていましたからね。
理由はまぁ、よくわかりませんでしたが……。とりあえず、一件落着です」

「ただの囮役すらまともに出来ないんだよな。あーあ、少しは出来るようになったと思ったのに……」

「おや、あなたは気がついてなかったのですか?すっかり知ってると思ってたんですけど。
こんな夜遅くに巡回なんて普通しませんよ?寝ないといけませんし、この辺りは平和ですからね。
わざとあなたを行かせたとき、すでに役割を知っているものかとボクは思っていましたよ」

さも当然のように、ヒューガはそう話す。それは嘘だとガルバにもすぐにわかった。
パトロールのタイムテーブルなんていつ変わるかわからないし、これまで一定だったことはないのだ。
その中で囮を仕向けられても気づかないのは当然だった。もとい、囮だと言われていればガルバは行かなかっただろう。

怖いから?自問したガルバは、必死で弱気を打ち消した。
アルベルトというあの男。確実にこれまでの事件の当事者だ。
あと一歩で捕らえることが出来たのに、ガルバは自分のせいで逃がしてしまったと後悔の念を強めていた。

ヒューガの方を振り向いて、ガルバはふと浮かんだ疑問を口に出した

「ヒューガ」

「なんです?」

「あれは……SEEDなんだよ…な?」

「そうですね」

ヒューガはあっさりと認めた。周囲には誰もいなかった。

「ですがガルバ、そのことを不用意に喋っているようではまだまだですね。
一応機密なんですから、下手をすればパートナーのボクでも助けられないかもしれませんよ?」

ヒューガがちょっと真剣な顔になってガルバに言った。
ドキリとした。一瞬、ヒューガとあのアルベルトの顔が重なったのだ。


まだ新人のようだな?


ヒューガの目が、そう語っていた。
結局、何者なのだろうか、あの男は…。

あの男が、今までの一連の事件に関わっていることは間違いないのだ。
そしてガルバの予想が正しければ、それはそれは恐ろしいことであった。

あの、まさかと思って思考を止めた、男と対峙していた時……。ふと脳裏に、通信記録が再生された。
先生の、悲痛な叫び……助けを求める声。アルベルトが自我を保てなくなった時に発した、天を裂く慟哭。
すごく似ているような気がしたのだ。彼も、助けを待っているのかもしれない。

何に?誰を?それはわからない。
わからないのではない。きっと、認めたくないのだ。




(E)

「戻りましょう、ガルバ。今日は一日休みを取るといいですよ。疲れたでしょう?」

「んああ、そうする……。ったく、ガルバ君絶対運悪いよなぁ。勤務数日でこれなんて……」

「まだマシですよ。SEEDと実際にドンパチやってたボクが言うんですから」

「そうなのかなぁ」

ピピピ、ピピピ。
恐怖から解放してくれる友人との何気ない会話を、突然鳴った通信機の音が遮った。
ヒューガの通信機も鳴っている。全員に送られたのだろうか。先にヒューガがそれに応じた。

「ヒューガです」

「ガルバ君だよぉ〜」

釣られてそう応じたガルバの声に、一度だけ喝が響いた。
ヒューガも通信機から耳を離して恨めしそうな顔をガルバに向ける。

しかし、その通信の内容に入ると、彼らは再び戦慄することになったのだ。
通信の発信場所はニューデイズ。通信に応じる直前、ガルバが確認した情報だった。

「本当…なんですか?でもなんで…?嘘だ」

通信機の向こう側で、息を切らしながらマヤが言葉を続けた。慌てていて、疲れていて、焦っている声だった。
その後の声は、放心状態になったガルバにはよく聞こえなかった……。
視界の真ん中で、ヒューガが何かを確認するようにマヤに尋ねているのが見えただけで。

数秒前に、ガルバの頭の中に強烈な衝撃を加えたマヤの一言が、何度も何度も再生された……。

「フェイが……フェイが自殺を図って……今病院に運び込まれたわ!」