それは、はるか遠いところのお話。
母なる太陽と3つの惑星を持つ、グラール太陽系。
そこに住むヒューマン、彼らから作られたキャスト、ビースト、ニューマン。
異なる4つの種族は500年にもわたる戦争の後、互いに共存する道を選んだ。

彼らの文明を突如として襲ったSEEDは、先の戦いで封印されたはずだった。
しかし、この日ガーディアンズが受けた依頼はそれを否定するものだったのだ。

謎のSEEDウィルス、ハビラオ禁止区での悲劇を目の当たりにしたガルバたち。
この時ガーディアンズは、やっと重い腰を上げることになる。

まだ見えぬ野望。大いなる闇の存在。
ここに、封印戦争を上回る規模の闘争の時代が始まろうとしていた。



第6章「機密保持契約」




(1)
時は、ハビラオでのSEED事件から数ヶ月遡る。

宇宙遊覧船ユートピア。
限られた裕福な人々が大宇宙を優雅に旅するために製造された、巨大な宇宙船だ。
150人収容可能のユートピアは、この日も全てを忘れられる幸福な人々で満員だった。

航路はモトゥブ軌道をそれてコロニーへ帰還する最後の過程で旅はちょうどクライマックスを迎えていた時。
特殊合成ガラス窓から見える宇宙の景色といったら言葉では言い表せないほど綺麗であっただろう。

悲劇はこの時起きた。
巨大ゆえ、機関部にAフォトンを使っていたユートピアに、グラール文明が退けたはずの脅威が襲ってきたのだ。
幸せな時間と空間は一瞬にして地獄へと変貌した。
機長を勤めていたキャストの男は、すぐさまガーディアンズにこの事を知らせた。

不幸中の幸いで、すでにユートピアはコロニーに近づいていた。
事態が急を要すると判断したガーディアンズ本部によって、待機していた最も腕のたつ二人が事件にあたることになった。

この任務にあたったガーディアン二人の名は、アルベルトとフェイ。
かつての封印戦争でもHIVE総攻撃の時まで最前線にいた、戦場のエリートである。

ガーディアンズでも本部直属のものは、訓練校を優秀成績で出た者たちで固められており、幹部養成の場となっていた。
これは組織の運営上絶対に必要な部分であるため、実際に任務に当たれるほどの腕前の人間が本部にはそういないのが現実だった。

稲妻の騎士と雷光姫がこれにあたる。本部はその決定をすぐさま機長に知らせた。
ガーディアンズコロニーで生活していて、この二つの通り名を知らぬ者はいない。
その名を聞いた機長は安堵し、ユートピアの全コントロールをG本部に預ける旨を伝えてきた。

この通信の後しばらくして、二人のガーディアンを乗せた宇宙艇がユートピアに接近した。
本部との連携が欠かせないこの任務、二人のうちの一人のフェイは、その通信を担当することになった…。


またこの悪夢だ。いつもここから始まる。
気づかずにそのまま眠ってしまいたいのに。
もしくは強い精神力で悪夢を跳ね除けて、散歩にでも出かけれればなお良い。
だが、それは叶わなかった。まるで体を縛り付けられて、その上無理矢理映像を見せられている気分だ。

これも自分の犯した罪なのだから。
悪夢が始まるとき、フェイはいつもそう考えて諦めていた。




(2)
ユートピアの船内は、真っ暗だった。
夜通しパーティを開いて客をもてなす最高級の遊覧船という雰囲気はどこにもない。
そしてあちこちから、聞いたことのある呻き声が響いている。

「SEED……?」

通信機はつけずにフェイはそう漏らした。
すると、その前を進んでいたアルベルトが、持っていた小型電灯を自分の顔に当てて振り向いた。

わっ、とか言っている。
いつものことだがまるで緊張感がない。

「……アル、真面目にやって」

「少しは驚けよ…」

アルベルトはがっかりしてまた前を向いた。
その時、一瞬だけ非常電灯のスイッチが彼の電灯越しに見えたのを確認したフェイは、そちらに歩いた。

ガチャン。
手動で動かす非常電灯など何世代前のものか、とフェイは苦笑した。
遊覧船ユートピアは、最新技術をふんだんに搭載した世界で一番お金と労力のかかっている乗り物のはずなのだが。

淡いオレンジの光がぼんやりと点り始める。それでもまだ暗かった。
その中で目を凝らすと、二人が歩いていた場所から先が二手に分かれているのがわかった。

それにしても何とでかい船だろうか。
宇宙艇でユートピアに近づいていた時も思ったが、フェイは改めて驚いていた。

「こんなところで挙式できたら楽しそうだよなぁ〜」

アルベルトがまたふざけた。
挙式、という言葉に少し戸惑ったが、フェイはすぐに任務中ということを思い出して、甘い考えを外に追いやった。

「バカ言わないで。こんな幽霊船でなんて死んでもゴメンよ」

幽霊船という言葉に、「違いない」とアルベルトは笑いながら応える。

「もしもの話さ。ま、ガーディアンズの給料じゃ一生かかっても無理だろうけどな……ホレ」

ポン、とフェイの手に電灯を乗せながらアルベルトが言った。
そして、彼が持っている電灯の光を右に当てて続ける。

「俺はこっち。お前はあっち。二手に分かれてさっさと済ませようぜ?」

彼が何を意図したか理解したとき、フェイは精一杯の力で制止しようと手を伸ばしたが、ギリギリ届かなかった。

「んじゃ、またあとでな!!」

「あぁ待って、単独は危険よ!?……ってもう!」

そう叫んだ時にはアルベルトはすでに遠くに走っていっていた。
しかし、調査とか護衛とか、そういうのはとにかく面倒臭がるアルベルトのことだ。
まだまだこの程度はフェイの想定の範囲内だった。

フェイはとりあえずここで通信機をオンにしてみる。

「現場です、現在パートナーと別行動中。指示を」

「………ザザッ……ど……ザッ」

聞こえない。そうか、とフェイは理解した。
ユートピアは現在予定航路を逸れて最短距離でコロニーに向かっているのだ。
まともなチャンネルのない真空の宇宙空間なのだから、通信がまともに飛ばなくて当然だった。
機長のいる操縦室にでも行かないと、ちゃんとした通信は不可能だろう。

通信機の電源を切る。
フォトンはSEEDの好物だから、つけたままにしておくと寄ってくる可能性があったのだ。

「あー、どん詰まりねこれ」

フェイは託された旧世代の電灯を右に向けた。
まだそう遠くは行ってないはずのアルベルトを追うためだ。
競争に来たわけじゃないのだから、二人同時に事に当たる方が安全で確実と言えた。




(3)
しばらく進むと、非常灯以外の光が見えた。
その次に何かがぶつかり合う音が聞こえてくる。

まさか、戦闘?
フェイは確認するために全速力で駆け出した。

遠目にもフォトンウェポンの放つ光が目に入ったとき、フェイは決心した。
用意していた闇属性のシールドラインを装着し、ナノトランサーから武器を取り出す。

「フェーーーイ!!生きてるかーーー!?」

アルベルトの声だった。何故自分を心配しているのか、と思ったがそれもすぐに謎が解けた。
二手に分かれていると思われていた通路は、実は客室が並ぶ円状の廊下だったのだ。
つまり、走っていったアルベルトが途中で戦闘しているということは、彼の考えの中では敵の奥にフェイがいるからだ。

「こっちよ、アル!!蹴散らすからそこをどいて!!」

「おおう、後ろから来た!?やるなお前!!」

フェイに気づいたアルベルトがひらりと横に飛びのく。
彼でなくても猛突進してくるフェイを見れば離れたくなるだろう。

そして、デーモンツールと呼ばれるフェイ専用のガンブレードが光を放った。

「てぇぇぇぇぇいッ!!」

フェイは高速でSEEDの群れに飛び込んで、そのまま体を数回転させて砲撃を放ちまくった。
その最後の砲撃の反動で空中に飛び上がると、そこで体を一回転させて真下にブレードを突き立る。
フェイが最も得意とするガンブレードのフォトンアーツ、グラビティスマッシュだ。

武器の性能もあって、固まって襲ってきていたSEEDは全て弾け飛んだ。
凄まじい威力にアルベルトもヒュウ、と口笛を鳴らして賞賛する。

「いやー、お見事」

「勝手に飛び込んでいかないでよ。心配するでしょう?」

「おいおい、お前が言えたセリフかよ」

よく見ると、アルベルトはだいぶ手加減をしていたらしかった。
持っている武器はグレードの低い片手剣で、フォトンアーツを使った形跡もない。
誤って強い攻撃がフェイに攻撃が命中してしまうのを避けるためだった。
とはいえ、フェイが向かい側から来ていなかったのでいらぬ心配で終わったのだが。

「じゃ、さっさと行こうぜ。危ないから、こっから先は二人でだ」

アルベルトは得意気にそう言った。
これまで全く正反対の行動をしていたくせに、とフェイは心の中で愚痴る。

先を見ると、そこには大きな扉があった。




(4)
大ロビーへ続く扉だろう。開けると、そこから先は若干灯りが生きているようだった。
アルベルトが必要以上にまん前に立つので、よく様子が見えない。
とりあえず報告すべきことを言うために、フェイは口を開いた。

「ねえ、通信機が使えないみたいなの。早いとこ機長のいるところへ行かないと……」

その途端。強い力でフェイは引っ張られた。
何事かと問いただす前に、アルベルトはフェイの手を掴んで走り出していた。

「ほら、早く……。走るぞ。絶対に周りを見るな」

声が震えていた。どうしたのか。

「何言ってる……」

必要以上に力がこもっている。
手に痛みを感じながら、フェイも走った。そうしないと腕を引っこ抜かれそうだった。

「通信機が使えないのか?だったらさっさとヤツらから操縦室を制圧するぞ」

ヤツら?

「制圧……?」

疑問に思って、フェイはアルベルトの手を振り解いた。
そして立ち止まって、周りを見る………。

なんだ、これは。
足に何かぶつかった……。
恐る恐るそちらに目を向けるフェイ。


「た、……たずけでっ…しにたくないィ……ギギッ」


人間ではない何かが、フェイの足を掴んでいた。
恐怖が喉まで来て、それが悲鳴になる直前……。

「周りを見るんじゃねぇ!!走れ!!」

もう一度アルベルトに掴まれた。フェイはそのまま引っ張られる。
最後に網膜に映った絵がやけに鮮明に残る。見ない方がよかったのか?

「ちょっとアル、これはどうするの!?」

「いいかフェイ、俺たちは生存者だけ連れて帰るんだ!!」

振り返って、フェイの肩を掴んで揺さぶりながらアルベルトが言う。

「人間がSEEDになってる!!助けないと!!」

「走れっつてんだよ!!」

「でもっ!!」

「こんなの見たことねえ!!助ける方法なんざあるかもわからねえ!!
だったらそれを本部に伝えるのが先だ!!急げッ!!」

アルベルトは叫びながら、フォトンシールドを構えて突撃していく。
行く手を阻むSEEDがバリアの圧力で弾かれていき、道が開かれていった。

フェイはその後ろを走りながら思った。
まさか、さっき倒したSEEDは……?

また、アルベルトに掴まれる。思考のせいで歩みが遅くなっていたのだ。

「死にたいのかよ!?急げ!!」

「ごっ、ごめん」

山場を抜けると、出口まで一直線だった。
出口とは地獄と化した大ホールの出口で、その先は船の構造上機長がいる操縦室のはずであった。

アルベルトが半壊した扉を無理矢理こじ開けて、中に飛び込んだ……。


悪夢のはじまりだ。




(5)
ガルバは何故か、偉い人が集うガーディアンズ本部のミーティングルームに呼び出されていた。
どう見ても自分だけがそこにいてはいけないような気分になるそうそうたるメンバーだ。

言わずと知れた、SEED封印戦争の指揮を執ったガーディアンズ現総裁のオーベル・ダルガン。
訓練校の入学式でしか見たことのないルカイム・ネーヴ校長。
そして今、何かの準備のためか、ミーティングルームにある巨大なコンピュータを操作しているルウ。

場違いなところに来ると、人間はどうしても震えてしまう。
ガルバは言葉すら出ない状態だった。

「おお、よく来たのガルバよ。早速じゃが、今回、何故お前さんが呼ばれたのか説明せにゃならんの。
ルウや、こやつに事情を説明してやってくれ」

何もしゃべれないガルバと違って、「はい」といい声で返事をしたルウが目の前にやってくる。
まるで哀れむような目で見るんだな、これがキャストか、とガルバは自分の情けなさに涙が出そうになった。

「こんにちは、ガルバ・ベアードさん。話を始める前に、こちらにサインをお願いします」

差し出されたルウの手の上には、機密保持契約書と書かれた仰々しい紙が置いてある。
書け、書かないと殺すぞ。そんなこと言われるはずもないのに、無表情なルウの目からガルバは殺気を感じていた。

「な、なんスかこれ……?」

言いつつも、体はもう契約書にサインする寸前まで来ていた。
総裁らの放つとてつもない威圧感が、ガルバの体全体をコントロールしているかのように。

「ホッホ。ルウや、ガルバは新人じゃ。そんなに脅してもサインしてくれやせんぞ?」

「ですが……」

ルウが目の色を変えずにネーヴを見つめる。
慣れているのだろう、ネーヴ校長はその目に何ら違和感を持ってない様子だった。

「それはあとでもいいんじゃよ。とりあえず理由を説明せにゃな。ワシから言おう」

あごを指で擦りつつ、ネーヴは言った。
やっと金縛りが解けたように体が動いたので、ぎこちない動きでガルバは総裁に頭を下げる。
ダルガンは手を振って何やら声をかけてくれたようだが、痺れていたガルバの聴覚では聞き取れなかった。

ダルガン総裁がミーティングルームに備え付けてあるテーブルの上座に腰掛けた。
その隣にゆらりゆらりとネーヴが近づいていき、こちらを向く。
総裁を裁判長とすると、まるで被告人ガルバが実刑判決を受ける寸前というような絵であった。

「まずは、ガルバ。ニューデイズはハビラオでの任務、ご苦労じゃった。
そちのおかげで尊い命が2つも救われた。これでお前さんも立派なガーディアンズじゃな」

「あ、ありがとうございますぅ…」

でもあの任務はライアの個人的な依頼だったのでは?という疑問が口から出ることはなかった。
事の成り行きは理解していたので、あれが個人的な頼みなどではなく、フェイへの牽制球だったのはわかっていた。

そういえばあの日以来、フェイが口を聞いてくれない。
そんなにべらべらしゃべる間柄でもなかったが、元指導教官にそっぽを向かれるのはなんとなく辛かった。

それに、ガルバはフェイの過去にも興味があった。
いつかフェイが危惧したように、やはりガルバはフェイの謎を知りたがっているのだ。

「おぬしが助けたサクヤという少女のいた孤児院じゃが、経営が困難なため一時ガーディアンズで面倒を見ることになった。
今このコロニーにあの子も遊びに来ているはずじゃ、あとで会ってやるとええ。なにせあんなことがあった後じゃからな」

「サクヤちゃんが着てるんですね……。ってそういう話じゃ、ないんですよね?」

「うむ。少しは緊張が解けてきたかの?それじゃルウ、さっきのを」

ガルバは再び殺気を感じた。無音で隣に移動してきていたルウが先ほどと同じ目でガルバに紙切れを差し出している。
早く書け。死にたいのか?わかったよ書くよ!書けばいいんでしょ?
勝手に自棄になってルウから契約書を取り上げて、名前を書いた。それをルウの目を見ないようにして渡す。

「最初に言っておきますが、これから公開するものを外でしゃべった場合、最高で死刑があり得ますので」

ルウが無表情を貫いてそう言い放った。ギクリ。恐怖が現実になった瞬間だ。
ガルバは過去数秒の出来事をなかったことにしたくなっていた。
秘密とかは彼が最も苦手とする分野だった。口が軽いのだ。

「ホッホ。今のは脅しじゃないぞ?まぁ、しゃべらなければいいんじゃよ。のう総裁?」

「………うむ」

総裁はいたって真面目だ。
ガルバと目が合っても、その強面を崩さなかった。

ルウが中央に移動して、またコンピューターをいじっている。
しばらくすると、ノイズが混じった音声が聞こえ出した……。

ん?この声……

「では、始めます。聞き取りづらいのでよく注意して聞いて下さい……」




(6)
走れ、走れ、走れ!!
今この瞬間に起こったことを、フェイは信じれずにいた。
ただ走るしかない。でもその後どうすればいい!?

数秒前。
先に中に飛び込んだアルベルトを待っていたのは、SEEDの待ち伏せ攻撃だった。
フォトンシールドの合間をうまく突いて、SEEDのおどろおどろしい腕がアルベルトを貫いたのだ。

後から飛び込んだフェイはそれを見て、止まりもせず助けもせず、一気に加速した。
一瞬、アルベルトと目が合った。大丈夫だ、何とかして追いつくから。彼の目はそう言っているようだった。

そんなのは、後から考えた言い訳に過ぎない。
すでに何度も経験したこの場面に出くわすたびに、フェイは自責の念で息が詰まりそうになるのだ。
夢で朦朧としている意識が一番戻りかける瞬間だが、やはり何か大きな力で再び悪夢に引きずり込まれる。

操縦室はそのすぐ先だった。
ロックのかかっていたドアを武器でこじ開けて、フェイは内部に入り込む。
中では、体を分解された機長の男が横たわっており、鋭い刃物のような腕をしたSEEDが傍らに立っている。

SEEDがフェイに気がついた。
だが、もう勝負はついていた。

「この……バケモノッ」

デーモンツールのブレード部分が輝きを放ってSEEDを破壊する。
すぐに周囲に目を向けるが、どうやら戦闘が出来るSEEDはこの一体のみらしい。

見る影もない機長の死体を荒々しくどかして、フェイはユートピア専用の通信回線を開いた。
耳鳴りのような、強烈なノイズが入る。しかし構わずフェイはマイクに吹き込んだ。

「誰かっ、いるなら応答して!!ルウ!!」

ガシャン、ガシャン!!
背後のドアから何度も衝撃音が聞こえてくる。
フェイが半分は破壊していたため、ロックをかけていてもすぐに破られるだろう。

もしかしたら自分はここで死ぬのかもしれない。
それも仕方ないとフェイは思っていた。背後の事を意識の隅に追いやって、通信を続ける。

「聞こえてるの!?誰か!!」

しかし、返ってくる音はザーザーというノイズ音のみ。
フェイの背後の扉が完全に破壊され、SEEDが入ってきたのもこの時だった。

「この宇宙船はすでにSEEDに侵食を受けてい……ッ!?」

振り返る。そこには先ほどとはまた違ったSEEDが複数体いるではないか。
通信回線を繋いだまま、フェイは武器を構えた。多勢に無勢、何とかこの場を切り抜けるには防御しかない。

ヘルウィングという、デーモンツールと対をなすフォトンシールドが展開された。
特殊なバレットを盾にリンクさせて、一番近いSEEDに備える。

「一体ずつ、こいつで痺れさせるしか……」

マヤリーリフレクトと呼ばれる、上級者向けの光波盾バレット。
迂闊に触れた者の体の自由を瞬時に奪い取ることが出来るが、防御性能が低いという弱点もある。

だが予想は外れて、SEEDたちは一斉に襲い掛かってきた。
光波盾の出力を最大に保ったまま、仕方なくフェイは防御体勢をとった。

一匹目が盾に触れて、ガクンと足と思われる部分を曲げて硬直した。
そのまま飛んでいった二匹目は、フェイの背後に着陸した様子。
ブレードを振り回すと手応えがあった。これで二匹は戦闘不能。

そして最後の一匹……。
耐えられるはずがない、バレットを入れ替える時間もない。

グシャッ!!
飛び上がっていたSEEDは、しかしフェイにその破壊力をぶつける前に四散していた。
遅れて風圧がフェイの前髪をなびかせた。巨大なフォトンウェポンが竜巻をまとって横切っていく。

これはソードのフォトンアーツ、トルネードブレイクだ。
そして、彼女の視界に確かに、そのスキルを好んで使う稲妻の騎士アルベルトが映っていた……。

しかし。

「…フェ……イ…ッ!!無事か」

満身創痍のアルベルトは、顔色から何から真っ青だった。
SEEDの中には毒を持つタイプもいるが、そんなレベルではない。

「アル……大変、すぐ治療しなきゃ危ない!!」

近寄ろうとしたフェイを、アルベルトは一蹴した。

「バカ、近寄るな!!もう……時間がねえ!!
こんなにきついモンだったとハ……っく!!通信を開いて本部に知らせろォ!!」

「時間が…?どういうこと…?」

腰が抜けそうだった。
ソードを支えにして何とか姿勢を保っているアルベルトが、ギロリとフェイを睨んで言う。

「生き残りたかったら落ち着いて聞けフェイ!!今この船に乗ってるSEEDのほとんどは、元はこのユートピアの客だ!!
本当に幽霊船になっちまってる。新種だか何だか知らねえが、今度のSEEDは人の体を……奪いッ……とル…コフッ」

アルベルトが口から血を吐いた。
目は充血していて真っ赤になっている。
あちこちの傷からは噴火したばかりの火山のように出血が止まらない…。

フェイはこの現実を受け入れられなかった。
つい数分前まで、ふざけていた人が。
無傷で、何事もなくこのユートピアに立っているのは自分だけだ。

目の前にいる人はもう、死ぬのかもしれない。
初めて感じる喪失感、恐怖?そんなものがフェイの心を埋めていくようだった。

頭を抱え、膝をつき、アルベルトは叫んだ……。

「グうああぁアアア!!だ、ダメだフェイ!!もう耐えられないッ!!」

いやだ。
いやだいやだいやだ!!

「いやーーーーっ!!」

「俺を殺してくれぇッ!!俺ナラ大丈夫ダ、アグゥウア!!」

這いつくばって、アルベルトはフェイに近づいてくる。

その体のほとんどは………!!
フェイは、それ以上見ないようにして武器を構えた。

「殺してくれフェイ、……もう耐えられない」

何でそんなに苦しそうなの?
どうして私に頼んだのよ、アル。

この任務が終われば、一緒に帰って……。

仕方ないんだよね。
だから、先に行って待ってて。
私もきっと、すぐそちらに向かうから。

デーモンツールの砲撃機能が、この時やけに調子がよかった。
崩れ落ちて、泣き叫ぶフェイ。

暗い暗い宇宙船に、一人ぼっち。
アルベルト……だったものが、その隣で風穴を開けて座っている。


耐えられない、か。
二回も同じ事を言ったのか。

悪夢から解放される寸前、フェイの耳に響いたのはアルベルトの断末魔だったのか。
それとも自分の出した悲鳴だったのか?どちらでもいいか。これでやっと眠れるのだから。

夢に疲れて、フェイの意識はさらなる深層へと落ちていった……。




(8)
椅子に座って、ガルバはその通信記録の5回目の再生を聞いていた。
フェイの声だった。何て言っているのかは聞きづらいが……。
そして、通信内容自体もすごく短かった。

プツン、という音で終わる。
色々と物音が聞こえてきていたので、恐らくこの先は本部が保管するにあたって抹消したのだろう。

「すんません、もっかい」

「わかりました」

ルウがすんなりと了解する。
他の二人はそれを止めようともしなかった。

6回目。
ノイズ音が入り、声が聞こえ出す。

「誰か……」

「応答……ルウ……聞こ……る」

「この宇宙船は……」

「すでに、SEEDの……食を…け」

プツン。


終わるたびに、ガルバは考える。
何故これを今自分に聞かせたのだろうか?と。

ガルバが7回目をリクエストしなかったので、ルウがコンピュータをシャットダウンさせた。
ルウが定位置に戻るのを待ち、次にネーヴが歩いてガルバに近づいてくる。

「さてさて……おぬしはどう思う?この通信記録を公開すべきか否か、じゃが」

「さっきの喋っちゃいけないことってこれのこと?」

「うむ。巷ではSEEDは滅びたことになっておる。ユートピアの客の遺族たちにも、不慮の事故じゃったと説明した後じゃ。
SEEDの仕業と知れれば人々は混乱するじゃろうて。そして何より、遺族の矛先がフェイに向く……」

ユートピアの悲劇。
ライアが通信の中でうっかりかわざとか喋り、フェイがそれだけで錯乱した。
ガレニガレの時もそうだ。突然変異した原生生物を目の前にして、記憶の何かと重なったのか、彼女は完全に混乱していた。

この通信記録だけでは、この後どうなったのかは予想するしかない。
だが、ネーヴの話し方から察しても良い結果で終わったとは考えられなかった。

「ガルバ君」

不意に、ダルガン総裁が口を開いた。

「は、はいっ」

「我々はこの問題に際して、対応を迫られている。このまま放置するわけにもいかず、無闇に公表するわけにもいかない。
あの時私やネーヴ校長がとった行動……すなわち秘匿が良かったのかどうかすらわからない。
しかし時間はもう待ってはくれないようだ。惑星パルムでは謎の組織がテロ行為を繰り返しているという情報もある」

「それとこの事件に、何か関連があるんスか……?」

「現在、ガーディアンズでも腕の立つ数名に調査を依頼している。だが、私とてユートピアの悲劇を忘れたわけではない。
尊い犠牲を出してしまったあの事故のように、今度の事件も何か大きな裏がありそうな気がしてならないのだよ……」

「総裁が秘密を教えれると判断した者に対して私たちはこれを積極的に公開し、
その者たちの力で問題解決に当たるというのが本部の方針です」

ルウが付け加えながら、名簿のような電子情報板を中空に映し出した。総裁も「うむ」と頷く。
秘密を教えられる存在?ガルバの場合、とばっちりでこうなったようにも思える。
封印戦争以降、SEEDを何らかの形で見てしまった者たちの名前がそこにはズラリと並んでいた。

イーサン・ウェーバー、ヒューガ・ライト、マヤ・シドウ、レオジーニョ・S・ベラフォート、トニオ・リマ。
ガーディアンズでもこれだけのメンバーが揃えば何か不可能があるのかと聞きたくなるような英雄たちの名前だ。
その他にライア・マルチネス、ネーヴら首脳の名前、ガーディアンズではないが、カナル・トムレイン博士の名もあった。

おかしなことに気がついた。
ネーヴはガルバのその一瞬の戸惑いを見逃さなかった。

「フェイ・セイロンの名前がないといいたいのじゃろう?」

「えっ……」

図星過ぎて言葉が詰まるガルバに、ルウが追い討ちをかけた。

「元ガーディアンズ、フェイ・セイロンは只今脱獄死刑囚として指名手配中です」

………は?

ネーヴが唸る。ダルガン総裁は俯いた。
ルウは特に気にせず言ったみたいだが、ガルバと総裁たちの方を交互に見比べていた。

どういうことだ?どうしてそうなる?
フェイは確かに自分の指導教官として、共に行動したのだ。

ユートピアで何があったんだ?
ガルバは思い出す。マヤが言っていたことを。

…事件の後は自分の殻に閉じこもって、罪を清算したつもりでいる…

「な、なんでそれじゃあ…」

ホッホ、とネーヴが無理矢理笑った。
ガルバにとっては、ちっとも笑える状況ではなかったが。

「理解できなくても仕方ないわい。これは何も知らない連中を納得させるための都合なんじゃ。
機動警護部にいればフェイに負担がかかりすぎる。ワシの判断であやつを機密調査部に異動させたんじゃよ」

機密調査部……。
ハビラオで、フェイがマヤにちらりとそんなことを言っていた。
確かにフェイのカードは自分のものと少し内容が違ったような気がした。

「最も、死刑囚というのは冗談ではありませんが」

「これルウ、言わんでいいことを言うな!!」

ネーヴの制止が少し遅れたので、完全に聞き取れてしまった。
死刑囚が何故まだガーディアンズに?フェイは、自分の先生は、そんなに悪い人だったのか?

「失礼しました。この情報をセキュリティレベル5に設定して他言せぬよう努めます」

もう遅いよルウさん……。
また悩みが増えたじゃないか。
ガルバはだんだん自分の置かれている環境に疑問符が付きはじめた。

「やれやれ……。まあ、なんじゃガルバ。おぬしもしばらくは本部で面倒を見よう。
恐らく、パルムで起こっているテロ事件とユートピア事件の関連性を探るのがおぬしの当面の任務になりそうじゃがな……」

「はぁ……」

大事な内容のようだったが、ガルバは生返事で応えた。
ガルバの頭の中はフェイの謎で一杯だった

「フェイのことは、おぬしが心配することではない。
死刑というのもさっき言ったように事情を知らんヤツへの言い訳じゃ。
おぬしは何も気にせんでええんじゃぞ?フェイのような100年に1度の逸材をそう簡単に切るものか」

「うむ」

総裁も頷いた。
ルウは何か言いたげだったが黙っている。

目の前に捨て置かれた、自分がサインした機密保持契約書が妙にむなしく見えた。
結局ここまでして聞かされたことはユートピアからの通信記録と、知りたくもない事実だったのだ。

「今日はもう帰って良いぞガルバよ。重苦しい話ばかりで疲れたじゃろう?」

「その前に、医務室へ行くことをおすすめします」

ルウが補足した。ガルバはふと我に返る。
そういえばサクヤが来ているんだったっけ?
でも何故医務室なのか。遊びに来たのではなかったか?

ルウがさらに付け加える。

「たった今当たらしい情報が入りました。
医務室で治療を続けていたトウマ・トクキ容疑者が原因不明の発作で亡くなったそうです」

部屋にいたものが一斉にルウの方を向いた。
トウマ、ハビラオでも随分と弱っていた様子だった。そして彼はSEEDウィルスに感染していた……。

「ホッホ。時間は待ってくれないようじゃのう」

「笑い事ではありません、ネーヴ先生」

その会話全てを聞き終える前に、ガルバはミーティングルームを飛び出していた。
それを制止するものは、この場所には一人もいなかった。




(9)
サクヤの隣には、つきっきりでトウマの看病をしてくれたマヤがいた。
今彼女たちの目の前でゆっくりと息を引き取ったトウマ。
結局何もわからずじまいだった。院長先生の最後は往年の様子を全く否定する、狂気じみたものだった。

サクヤの目から、すぐに涙が流れ出すことはなかった。
もう十分泣いたから、枯れていたのかもしれない。

死んでしまうまで、トウマの様子をずっと見ていた。
ニューデイズの孤児院で待っていてもいいと言われたが、サクヤはここへ来た。
彼女の頭の中で、あの日聞いた一つの言葉が離れなかったからだ。

祈っても何もならないことだってあるのよ。

トウマが息を引き取るその瞬間、サクヤは彼の手を握っていた。
何重にも重ねた手袋の上から、目の部分だけ特殊コーティングのガラスをはめた防護服をまとって。
その温もりが完全に消え去るまで、彼女の頭の中に星霊はいなかった。

本当に助けたいなら、他にすることがあるでしょう?

借りていた服を脱いで、外の待合室で着て来た服に着替えなおして、椅子に座った。
膝の上に手を重ねる。そこで初めて、星霊に願いを捧げた。導いてください、弱くて何も出来なかった自分を。

その手に出し尽くしたはずの涙が雫になって落ちる。周りには孤児院の他の子どもたちも来ていた。
もう寝る時間だというのに、子どもたちはトウマが死んだこともまだ知らない。

これからそれを聞かされる。きっと悲しむだろう。
そんな時、祈ることを知らない子どもたちは一体どうやってこの悲しみを乗り越えるのだろう?
サクヤはそんなことを考えていた。同じく治療室から出てきたマヤがその隣に腰掛ける。

院長先生どうしちゃったの?死んじゃったの?
口々にそう喋る子どもたちに、サクヤは本当のことが言えないでいた。

目を閉じて、祈り続けるしか出来ない。
そんな自分は本当に導いてもらうに値する存在なのだろうか。

サクヤは自責の念で押しつぶされそうになっていた。
そして彼女は一生この咎を背負って生きていく。
誰が強制したのでもない咎を、これから先ずっと背負って。

疲れがどっと襲ってきて、意識が飛びそうになる。
ほとんど眠っていない。そして、信じられないものを見過ぎていた。

トウマは最後、体中の筋肉を弛緩させて震え、骨格がボキボキと音を立てて変えながら、死んだ。
トジー・トクキ。あの日、ハビラオでSEEDとなってフェイに倒された子どもの名前。素直でいい子だった。
死ぬ直前のトウマの様子は、トジー少年がSEEDに体を奪われたときに似ていた。

治療室に繋がっていない方の扉が開いて、慌しい足音とともに一人の青年が入ってきた。
ガーディアンズのガルバ・ベアード。あの日自分の願いを聞いてくれたガーディアンだった。

ガルバさん、私、やっぱり何も出来ませんでした。その声が喉のどこかで引っ掛かって出てこなかった。
そんなサクヤたちの様子を見ただけで、ガルバは泣いていた。

マヤが立ち上がってガルバの来た方に歩いていき、ガルバの耳元で何か言った。
そのままマヤがいなくなると、部屋の中はサクヤとガルバと、孤児院の子どもたちだけになった。

サクヤの中で、何かがプツリと切れた。緊張か、それとも甘えか。
留めていた悲鳴が、出すまいと努力していた涙が、その瞬間に決壊したダムのように溢れ出す。

ガルバがしっかりとサクヤを抱きとめた。
そこにいたのは、グラール教の信者でも孤児院の年長者でもなく、ただの無力な少女だった。

そして、質素な部屋にサクヤの泣き声が響き渡った。




(E)
ガルバにとって、それは初めての経験だった。
不意に流れた涙を拭う暇もなく、いつの間にかガルバは弱い少女の体を受け止めていた。

体の大きなガルバの周りには、次々と小さな子どもたちが集まってくる。
ズボンを掴んだり、サクヤの隣に崩れたり。様々だったが、この子たちも立派な被害者なのだ。

「どうしてっ……私たち何も悪いことなんてしてないのに…」

答えのない疑問。しても遅い後悔。サクヤの口から漏れてくるのは全部そういう類だった。
ずっと我慢してきたのだろう。強がっていたのだろう。孤児院で年長で、他の子よりは何かと苦労したのだろう。
だからわけがわからなくても、ガルバはサクヤの終わりのない嘆きを受け止め続けた。

マヤが去る時に、ガルバにこう言った。

もし自分が逆の立場だったら。
立派なガーディアンズになりたいなら、それを忘れてはダメよ。

そして今、自分の胸で泣き叫ぶサクヤと子どもたち。
何と弱い存在だろうか。一人でも、集まってみても、見えない脅威に立ち向かう術がない。
だからこうして嘆き続ける。自分の弱さを呪って、大事な何かを失うたびに希望を捨てていく。

機密保持契約書の効果は絶対だ。
ガーディアンズにはそれだけ、他に知られてはいけない情報がある。
それはいたずらに弱きものを混乱させ、彼らを不安にする。

見たくない現実にも目を向けなければならない存在なのだ、ガーディアンズは。
それ以外の者たちが、何も知らずに、全てを忘れて幸福を享受するために。

サクヤはしばらくすると泣き止んだ。
ガルバから離れて、ごめんなさいと一言謝る。

謝るのは何故か。
頼れる者がいないから、強がらないといけないからだ。
そうして悲しむのはまたその人であり、その度に強がりで誤魔化すなんて。

そんなの悲しすぎるじゃないか。

離れたサクヤを、今度はガルバの方から抱きしめた。力強く離れれぬように。
すると、見せ掛けの強がりはすぐに崩れ去った。

サクヤは先ほどよりも激しく泣いた。どうして、どうして、どうして!!

叫び、疲れて果ててしまうまで、サクヤは子どものように泣き続けた。
あの日フェイの前でやったように。
うまかったな、先生。泣かせたのは確か一瞬だった。

これもガルバは初めてだった。
頼りにされることなんて今まで一度もなかったから。

もう一度機密保持契約書を思い出す。
あのサインは、組織のためではなく、ガルバ自身のためのものだったのだ。

二度と君たちが泣かずに済むように頑張る。
だから待っていて。

サクヤを自分の体から引き離して部屋を出る時、ガルバはそう決心したのだった。