それは、はるか遠いところのお話。
母なる太陽と、3つの惑星を持つグラール太陽系。

その惑星のうちの一つ、惑星モトゥブに降り立ったガーディアンズのフェイ。
そこで彼女を待っていたのは、怪しげな内容の任務とトラブルメーカーの卵とも言える訓練生のガルバ。

つまり、フェイを待っていたパートナーとはガルバのことだったのだ。
厄介者を押し付けられたとがっかりするフェイをよそ目に、ガルバは遠足にでも行く気分である。
これも仕事だと、仕方なくフェイはガルバと共に任地へと向かうのだった。



第3章「悪魔の産声」




フライヤーが現地手前の山道に降りると、それを知らせるアナウンスがなった。
結局あまり眠ることはできなかったが、別に寝に来たわけではない。

自分の情報カードをもう一度確認し、ミッションの進捗状況をマナに知らせた。
些細なことでも、このような行動一つで命が救われることもあるのだ。
マナに今回知らせたのは、「無事任地に到達」という知らせだけである。

眠い目をこすりながらフェイが隣を見ると、やはりというか、いびきをかいて寝ているガルバがいた。
カードを取り出して、「ガルバ、試験不合格」をマナに送りそうになったが、後々のことを考えて思いとどまった。

「ほら着いたよ。早く起きなさい」

だが、フェイが呼びかけようが肩を掴んで揺さぶろうがガルバはびくともしない。
それどころか肩に触れたフェイの手を払いのけて何とも不機嫌な顔までした。

フェイは決して温厚な性格ではない。
実力行使に十分な理由が整えば、真っ先にそれを選択することも辞さない人だった。
この訓練生の態度はそれに当たったので、すぐさま、腰の入った正拳がガルバの顔面に直撃することになった。

「フギャーッ、親父ごめん!!」

「誰が親父か!!」

勢いでもう一発食らったガルバは、別の意味で眠りかけてしまった。
抵抗の意思なしとみたフェイも、ガルバの固定具をはずして半ば無理矢理引っ張っていく。

フライヤーから外に出ると、ガルバもやっと我に返った。
しきりに鼻を擦っては不思議そうな顔をしてフェイの方を見る。

「ん〜、いやな夢だった。うん、イタイ」

夢の中でも殴られたのだろう、鼻が痛いのを夢のせいにしているようだった。
だが、鼻血まで出る夢があるだろうか。

フェイと目が合うとニタニタしながら大丈夫大丈夫とガルバは言った。
どうやらまだ夢からも眠りからも覚めてないようなので、フェイはかわいい訓練生のためにもう一度構える。

「……何ですか先生それは?」

その疑問の答えはまっすぐにみぞおちを突く拳だった。
大きな山が崩れるように、巨躯のガルバは膝を付いて腹を押さえた。

かつてフェイは『雷光姫』という二つ名を持っていた。
その名の所以は、彼女が、まず実力者であることと、もう一つこちらの方が主なのだが、ビーストもびっくりの手の早さにあった。
免許が下りなくなるギリギリのところでの減点は、ここから先はパンチで補うことをガルバに確認させて、フェイは地底湖に続く道を進み出した。

ガルバはフェイに置いてかれまいと必死でついてくる。
フェイは制裁の拳を3発とも手加減はしなかったので、だいぶ効いているはずだったのだが、確かにレオの言ってた通り、無尽蔵のやる気だけは評価に値する。

だんだん痛みが引いてきたのか、ガルバが後方でまたはしゃぎ出した。
フェイはいつでも必殺の一撃が放てる姿勢を崩さなかった。
無論、任務遂行中なのだから、凶暴な原生生物が襲ってくる可能性があるので、その必要性はあったのだ。

「いやーん、暴力教師ぃ!!」

ガルバはその瞬間、空気が寸断される音を聞いた。
意識とは無関係に再び膝を付いて、神経に感覚が戻るまで泡を吹くしかなかった。

「さっさと任務を終わらせて帰るわよ」

「任地に着く前に先生に殺されそうですよぉ…シクシク」

訓練生の泣き言など聞かずにフェイはどんどん先へ進む。
さっさと終わらせたかったし、妙な胸騒ぎが今頃になってしだしていたのだ。

再び、マナに情報を飛ばす。
今度は、地底湖に到達、目標ポイントまで直行中、である。

誰かのせいでガルバの歩くスピードががくっと落ちたのと、地底湖付近は足場が悪いことから、ゆっくり進むことになった。

何度かフェイたちの目の前にコウモリが横切ったり、モトゥブ特有の変な爬虫類が天井を走っていたりしたが、危険はなかった。
原生生物は、何も人に害を及ぼすものばかりではない。むしろそうでないものの方が多いのだ。

しかし、このガレニガレ地底湖は、普段は人を寄せ付けない自然の要塞だ。
ローグスたちはこういう場所を好んでアジトに改造するから、彼らと何らかの取引がある時は大抵このような場所に呼び出される。

今回の任務も、ローグスからの人質の引取りだった。
ローグスに捕まるのだから、何か余計なことをしたのだろう。

彼らローグスとて暇でもなければ食料が十分にあるわけでもない。
人質一人置いておくのにもコストがかさむのだ。
だから、自組織に害がないとわかれば保釈金だけでそのまま釈放することも珍しくはなかった。

そういった場合の一時的に発生する巨額の金銭は、ガーディアンズが支払うことになっていた。
人権に大きく関わることなので、組織の性質上ガーディアンズが人質引き取りに応じないわけにはいかない。
もちろんその後に、払ってやった本人やその他に請求はするが、戻ってこない場合がほとんどだった。

とにかくそういう理由でガーディアンズは金の払いがいいのだ。
それ目的でどうでもいい人質を作ろうとするローグスが後を絶たないのもそのせいだった。

しばらく歩いていると、灯りが見えた。
ローグスのアジトが近いのだろう、レーダーマップを確認すると多数の熱源が探知されていた。
フェイのそれをガルバが隣から覗きつつ、ウホッとか声を上げるので、彼はまたも倒れこむことになってしまった。

「な、なんで……」

「いや、近いから。気色悪いって」

フェイは、そんなガルバは放っておいて熱源が何かを確認していた。
そのほとんどが、視認出来ている灯りだとわかったが、数個違うものもあるようだった。

イテテ、と尻を擦りながらガルバが立ち上がろうとする。
その頭をフェイは無理矢理押さえ込んだ。

「もごっ…」

ガルバが不満の声を上げようとするのもとっさに彼の口を塞ぐことで出させない。
フェイの目はただ一点を見ていた。灯りが少ないこの場所でも、しっかりと自分たちを捉えている光……。

原生生物、ドルァ・ゴーラだ。
巨大なワニのような体に岩盤のような鱗が鎧となって幾層にも重なっており、それが青く輝いている。
体内に発達した発火器官によって周囲のフォトンを炎として圧縮させ、それを放つ攻撃を仕掛けてくる強敵だ。
もちろん、巨体による直接攻撃も破滅的な威力をしている。
できれば戦わずに避けたい相手だったが、ドルァ・ゴーラはとても好戦的なのでそれは無理な相談だった。

そして次の瞬間、鋭い眼光かと思っていた光は、目の前ではじける巨大な火の玉になったのだ。
フェイは素早く身を屈めてそれを避けたが、わけのわかっていなかったガルバが炎にかすってしまった。

「がる………!!」

「うわぁぁぁ……っちぃぃぃぃぃぃいいい!!!!」

静かにしろ、という願いはすぐに絶たれてしまった。
望まざる来客に、この原生生物は怒りを露にしている。

だがそれで、フェイの次の行動は決定した。すなわち、戦闘開始だ。
いくら発火器官が発達しているとはいえ、あれだけの火の玉を連発することは不可能だろう。
フェイはあまり原生生物を相手にするような任務には就かなかったものの、人並み以上にやる自信はあった。
だからこそ、それが裏目に出たことにもすぐに気がつけたのだ。

フェイが体勢を低くしたまま駆け出すと、すぐ目の前に、巨大な炎が出現した。
ギリギリでそれを回避するも、大きく姿勢を崩されてしまう。

眼前に迫った凶暴なドルァ・ゴーラが、体全体を震わせて唸り声をあげだした。
フェイは、装着しているシールドラインを通じて、この辺りのフォトンがこの原生生物に集まっていくのを感じた。

すぐに次の炎が来る。
このままでは回避できず致命傷は免れないだろうから、一旦攻撃を諦める必要があった。
後方ではまだガルバが熱がっているのが聞こえてくるが、そんなことを気にしている余裕はない。

「こんなところで足止め食らってる暇ないのにねぇ……!!」


グアアアアアアアアアアアッ!!

ドルァ・ゴーラの咆哮が必要以上に危機感を増幅させる。
余りの音の大きさに、フェイの聴覚は麻痺していった。

だが、それでもフェイは落ち着いていた。
その威嚇も冷静に対応すれば、慌てまくることもないのだ。
それこそこの原生生物の思うツボというものだろう。

身を引きながらナノトランサーに手をかけて、フェイは反撃のチャンスを伺っていた。
大きな隙が生まれるのは次の炎が放たれた後だ。それを逃す手はない。

目と、他の感覚と、運だけが頼り。
ナノトランサーから取り出された武器が、右の腕に発現するまでの時間が稼げればいい。


グオオオオッ

「!?……しまった」

ここで炎が飛んできてしまった。
まだフェイは準備中だったので、せっかくの隙に反撃をすることが出来ない。
結局、さらに追い詰められてしまったのだ。

ドルァ・ゴーラが吐き出す炎の光と、かすかに見える人工のものと思われるの灯りだけの視界。
確かにフェイは運がいい方ではないのだろうが、ガルバがついてきたくらいからだいぶ運気が落ちているようだった。
元はといえばガルバが炎を避けて大声を出したからこの原生生物は気がついて怒っているのだ。

一つだけ良い要素があるとすれば、壁に追い詰められはしたものの、フェイの武器の準備も整ったことだ。
フェイの右腕に、クローのように装着される装備、ガンブレードが発現する。
グリップ部分から砲身が伸びており、銃口の先からフォトンの刃が現れている。
GRM社が、SEEDのような侵略生物によりうまく対応するために作りだした次世代汎用フォトンウェポン、『ガンブレード』だ。
だが、その多くはいまだに安定運用及び大量生産するに至っていないため、普通の人の目にする機会は滅多にない。
フェイがガーディアンズを通じて使用を許可されているこの銃剣『レイナード』は、貴重な素材を使用した高級品であった。

右腕を、何も持っていない左手でしっかり支えながら、フェイは斜め上を凝視した。
ちょうど、ドルァ・ゴーラの真上……天然が作り出した岩のつららが、少し衝撃を加えれば落ちそうなところで止まっていたのだ。

ドシュッ、ドシュッ

右腕からフォトンの弾丸が撃ち出され、つららに命中する。
いくつか連なっていた岩のつららがそれでバランスを崩し、一本がドルァ・ゴーラの目の前に落ちた。
フェイを狙った次なる炎が吐き出されたのはちょうどその時だった。

落としてみるとつららは意外と大きく、地面にぶつかる時に軽い振動が起こった。
炎がそのつららに当たって四散し、花火のようにきらめく。

地形を利用するのは、戦闘の基本だ。
そして、敵の戦闘能力を無力化することが勝利の定石である。
その二つをつららを落下させることでフェイは完成させたのだった。

戦況的にはこれでやっと五分だろう。
ドルァ・ゴーラは何も炎だけが攻撃ではない。
こんなつらら程度ならば体当たりで弾き飛ばして、接近してくるかも知れない。

ここからは先手必勝。フェイも待たなかった。
再び武器にフォトンがチャージされ、数発、ドルァ・ゴーラの頭上目がけて発射した。
落ちずに残っているつららを頭部に当てるために撃ったのだが、この時も落ちてこなかった。
フェイは諦めずに撃ち続けたが、パラパラと石が落ちてくるだけで、一向に岩盤が落ちてくる様子はない。


ゴアアアアアッ

その数秒が命運を分けた。
妙な叫び声を上げてドルァ・ゴーラが突進してくる。
フェイは素早く逃げ場を探したが、あの巨体を完全に回避できるほどの広い場所はない。

万事休すか。フェイは、ナノトランサーからあるアイテムを取り出す。
スケープドールと呼ばれるそれは、持ち主が何らかの要因で倒れてしまった場合、精神エネルギーに強く影響されるフォトンの量を探知して、持ち主が手遅れの状態になってしまう前に、瞬時に治療してくれる特殊な装置だ。
このスケープドールさえあれば、暗殺のように不意打ちでもない限り、そのまま絶命してしまうような危険を回避できる。
危険な任地に赴くガーディアンズには必須のアイテムだが、これが非常に高価で、新人にはなかなか手が出ない代物でもある。

つららの壁を破壊しながら、ドルァ・ゴーラがフェイの眼前に迫った。
何度経験してもこの恐怖には慣れないなと思いつつ、腰が抜けた体にムチを打って、フェイは出来うる限りの回避行動に出た。

あと5秒もすれば直撃を受ける。
だんだん大きくなっていくドルァ・ゴーラを視界にいれて、フェイは手のスケープドールを決して放すまいと握り締めた。

ふと、ある疑問がフェイの頭をよぎった。
なぜこの程度の原生生物に普通に勝てないのかという、自惚れにも似た疑問……。

だがそれが自惚れでないことは、すぐにわかった。
残り3秒。さらに大きくなる巨大な……巨大なドルァ・ゴーラ。

大きすぎる。
突然変異どころではない。

疑問は彼女のそう遠くない過去の記憶と結びついて、瞬時に恐怖へと変わった。

また腰が抜けた。
叫び声、それは、自分に助けを求める声…。
暗い暗い宇宙のどこかで、確かに経験した恐怖。

フェイはガレニガレ地底湖にいながら、すでに精神は別のところにあった。
聞こえるはずのない阿鼻叫喚が耳元でこれでもかと鳴り響き、フェイから正常な感覚というものを奪い去っていく。

そして、一番思い出したくない……。
フェイの脳内に、その場面が再生される。

残り2秒。ヨダレを垂らしながらのドルァ・ゴーラが突進は止まらない。


殺してくれ、フェイ。もう耐えられない。

だから殺した。

最愛の人はもういない。

次から次へと過ちを犯してしまった。

広くなった宇宙船にフェイは一人ぼっち。


「あぁぁ……あ……あああああああああ!!」


その後、どうなったのだろう。
気がついたらコロニーに……帰還していた…

自分をまるで、腫れ物に触るような目で見る知り合いたち…。

殺してくれ?

そうだ、誰か自分を殺してくれ。


握り締めた手から、スケープドールが転がり落ちた。




「先生ーーーーッ!!」

ガルバは無我夢中で駆け出していた。
改造されたナノトランサーに手をかけて、武器を取り出そうと試みる。

クールでカッコいい教官からは全く想像できない悲痛な叫びが、彼の勇気を無限大にする。
戦闘に慣れていないガルバは、まだ体についた炎を消すことができていなかったが、その痛みは勇気という麻薬で消滅していた。

あと1秒。
ガルバの目に、頭を抱え込んで震えるフェイが見えた。
その傍らに、無下に転がっているスケープドールも。

それを放しちゃダメだ!!

ガルバのガーディアンズ訓練校での成績は決していいものではなかった。
特に勉強などは論外に苦手な彼が、それでもここまで成長したのは、夢と情熱があったからだ。

スケープドールの意味?
あれがないと、死んじまうような怪我したときに……。

間に合わなければそのまま…。

「うおおおおおおおおおッ!!!!」

ガルバの勇気に呼応したのか、いつもは引っかかったり失敗したりして出てこない武器が、瞬時に生成された。
その柄を握り、独特の体勢で抱える。柄の先から、巨大なフォトンの刃が発現した。

足が地面から離れて、頭とつま先の高さが一致するくらいまでによじった。
取り出された巨大なソードは、普通のガーディアンズが持っているはずのないものだった。

どう見てもSUVウェポン。
違法武器なのは一目瞭然だが、今ここにそれを確認できる人はいなかった。
それを瞬時に判断して使うことを決意したガルバ。頭の回転はかなり速かった。

ガルバは、どんな最新の武器でも、一目見ただけで何の技術が使われているかわかる才能があった。
それは天性の才能ではなく、生まれつきそういう家で育ったから、当然のように知っているのだ。

だから、リミッターで性能を制御された武器を見ると、彼は可哀想と思うのだ。
ガルバが持っている武器の多くは、そのリミッターを解除して独自に改造したものばかりだった。

人はそれを、クバラ品と呼んで一括にまとめて、違法だと決め付けていた。
だがこういう場合は、法律に縛られて普通に戦っていれば犠牲がでるというような場合はどうだろうか。

ガーディアンズでクバラ品を愛用する者が多いのもそんな理由だった。
公然と違法品を使えるのは、ガーディアンズと一部の同盟軍、そしてローグスくらいのものだった。


直撃まで残りコンマ数秒。
すでにドルァ・ゴーラの巨体はフェイを覆い尽くしていた。
ガルバが、取り出された巨大なソード『ガルバ・エスパダ』を振り下ろしたのもその一瞬だった。

普通の腕力では振り回すのも困難な大きさだが、怪力で通っていたガルバには何ら問題がない。
天井にソードの先端がかすり、それを引きずる際に馬鹿力を使ったので、鞘抜きの要領で剣先はさらに加速する。

「必殺!!」

勢いのついた巨大な質量の物体は、ガルバの怪力を持ってしても掴んでいることが不可能だった。
ガルバの手のひらの皮膚を裂きながら、巨大なソードが弾丸のようにドルァ・ゴーラに突進していく。


ブオオオオオオ!?

ドルァ・ゴーラの横腹に突如突き立ったソードは、そのまま貫通して巨体ごと壁に突き刺さった。
あとほんの数センチというところまで迫っていたドルァ・ゴーラののしかかり攻撃は、寸でのところで回避されたのだ。

ガルバも慣性の法則に逆らわずに、ソードほどではないがすごい勢いで転がった。
止まる時にぶつかった岩の破片がわき腹に直撃したが、シールドラインが彼の命を守ってくれた。

「ハァ、ハァ……間に合ったっ…つっイテテ」

手は血で滲んでおり、転がったせいで体中あちこちにガルバは傷を負ってしまった。
そして今、彼の視界に、放心状態のフェイが飛び込んできた。
フェイには目立った外傷はなく無事のようだが、いまだ何かに怯えている様子だった。

「……先生?大丈夫ッスか?」

目の前にガルバがいることにも気づいていないのか。
ガタガタと震えて体を縮ませるフェイを見て、ガルバも尋常でないものを感じた。

こういう時はどうするんだっけ?
ミッションが継続不可能になった場合、自らの命の安全を優先することをガーディアンズは許されていた。

しかし、ガルバが個人的に使っているカードではモトゥブ支部には連絡できない。
かといってこのまま先に進むのも無理だ。ガルバは満身創痍、教官であるフェイも情緒不安定により戦力外なのだから。

仕方ない、とガルバは手を伸ばした。
フェイのナノトランサーは腰についているから、体を動かす必要もない。

他人からアクセスされてもアイテムや重要なものが奪われないように、ナノトランサーにはロックがかけてあるのが普通だ。
だが、この時はすんなりいった。恐らくフェイがスケープドールを取り出す際に誤ってロックを解除したのだろう。

ガルバはすぐに目的のものを発見した。
フェイのガーディアンズIDカードだ。これを使えば、支部に連絡できる。

情報を通信機に読み込ませて、ガルバは支部にいるマナを呼び出した。
簡易メールで済ませることが多いミッション中の通信と違い、音声を使うのは大抵緊急を要する場合だった。
マナはすぐに通信に対応した。

「どうした、フェイ?」

まさかあのフェイがミッションに手こずるとは、といった声音だった。
フェイと呼ばれて、ガルバは少しだけ罪の意識を感じたが、そんなことを気にしている場合じゃない。
先ほどの戦闘の映像の一部始終を情報として送りながら、ガルバは言った。

「俺です…」

「ガルバか、ってアンタ何やってんだ?フェイはどうした?」

「今送ったデータを見て欲しいんす。
俺から見ても尋常じゃなかった。あと先生は今ちょっと話せる状況じゃないです」

ガルバは近くの岩に腰掛けて通信を続けていた。
必要なことは言ったから、あとは指示を待つだけだった。
まさか任務続行ということはないだろう。交代を遣してくれるはずだ。少なくともガルバは訓練校でそう学んでいた。

突然、しばらく無言だったマナに代わって、別の声が聞こえてきた。

「ってことはアンタ、フェイの通信を勝手に借りてるんだね?
アンタが手癖が悪いのは知ってるけど、物盗りは減点じゃすまないよ」

それはライア・マルチネスの声だった。
ガルバもライアの怖さを知っているので、ひゅっと体が縮むのを感じた。
だがそんなことに屈しているわけにはいかない。

「いいっすよ、牢屋でも何でも、退学でも……。今はそれどころじゃない」

「わかってるよ、ガルバ。冗談だ。アンタを同行させてよかった」

意外にもライアの声は穏やかだった。
半ば諦めていたガルバも、話を聞いてもらえるとわかると、伝えたいことがどっと溢れ出して来た。
それより先に、ライアが喋る。

「今ね、ガーディアンズはどこも人手不足なのさ。
アンタはまだ知らないかもしれないけどね、モトゥブ支部の連中もみんな出払ってるか待機命令が出てる。
自由に動かせるのは訓練生か見習いしかいないって時に、正直なヤツを同行させたら、こうもならなかったよ」

ガルバは、どういう意味だ?と思った。それをそのまま聞いてみた。

「ああ、フェイはね、なんとなくわかったと思うけど、ちょっとワケありなのさ。
誰もがアイツを信頼してる、だけど、アイツと組もうって人間はいないんだ」

「支部じゃみんな仲良さそうにしてたけど…」

ガルバのその疑問に、「だからさ」とライアは応えた。
その返事の意味はわからなかったが、それでガルバにも、自分の教官のフェイには何らかの秘密があるのはわかった。

「……ま、そこで訓練生を同行させようと思ったんだけど、普通のヤツじゃダメだ。
フェイにビビって何もできないからね。ある程度アウトローなヤツじゃないとダメだったってことさ」

アウトローと言われて悔しかったが、ガルバは自分の手に握られているフェイの情報カードを見て納得した。

確かに、この暴力教師に普通の訓練生がついていけば、5歩くらい後ろを歩きたくなるだろう。
ガルバはフェイの厳しさを特に気にしなかったが、それを読んでいたのならばライアはすごい。

事実として、この物語が終わる数ヵ月後には、緊急とはいえ、ライアはガーディアンズ総裁に就任するのだから。

「この任務も、ワケわかんないしね……。
アタシは、これが例の罠じゃないかと踏んでフェイを行かせようって上に提案したんだ。
それが通った。上も同じ考えだったのさ。グラールが一向に平和にならない罠だよ」

「例の罠……ってなんですか?」

無駄とわかってガルバは聞いてみた。
やはりライアは簡単にその質問を蹴った。

「悪いけどこれ以上は話せないよ。でもわかった。
とりあえず帰還しなガルバ。フェイが落ち着いたらでいいからね」




通信はそれで終わってしまった。
山ほど聞きたいことのあったのだが、結局全て聞くことが出来なかった。

ふと隣を見ると、先ほどとは違ってだいぶ落ち着いた様子のフェイがそこにいた。
状況は飲んでいるようだったから、ガルバは黙ってフェイにカードを返した。

「ガルバ」

「はい?」

小さな声だった。
だが、何かを決意したような声。

「今日見たことを全て忘れなさい。私と一緒に行動したことも、ライアに頼んでなかったことにしてあげる」

情報操作までするようなことだったのか。
ガルバは急に何か大きなものに巻き込まれた感覚を覚えた。

「…何を言ってるんですか。無理ッスよそんなの」

ライアとの通信の全てを、フェイも傍受していたのだろう。
なら、どこから聞いていたというのか。
ガルバはライアが言ったフェイに関する秘密の鍵がここにあると予想した。

「私のことを忘れて頂戴。普通に生活していれば、私にこれ以降会うこともないから。いいわね、全て忘れてしまって……」

フェイは下を向いていた。これは単純に情けなさからだろうとガルバにもわかった。
その顔を見ないようにして、ガルバはフェイの手を掴んで引いた。反対方向を向いて、歩き出す。

「後から、たくさんお話聞かせてくださいよ先生?……俺逃げませんから、先生いい人ですもん」

ガルバはフェイの過去を知らない。
だから彼女の悲しみや恐怖がどこから来ているのかも知らない。
だが、口にした感想は正直なものだった。

ガルバの手に、意外と小さいフェイの手が重なる。
そこに小さな水滴が落ちてきたことだけは、ガルバは忘れることにした。


人は強がりだけで生きてはいけない。
ガルバが過去に、ガーディアンズから教わったことだ。

「帰りましょうよ、俺もう、腹減っちゃいました」

引っ張るほど重かったフェイの体がすっと軽くなった。
それを確認してガルバは手を離した。
彼女のプライドのためにだ。そのぐらいの配慮はガルバにもできる。




フェイは、久しぶりに他人の情というものを感じていた。
まさかそれが、散々コケにした新米から受けるとは思ってもみなかったが。

無鉄砲で命知らずで、やたら明るくてうるさくて、落ち着きがなくて……。
何故ガルバが今回のパートナーに選ばれたのかわかると、自然とフェイの目に涙が浮かんできた。


似ている、あの人に。


カードを取り出して、マナに報告を入れた。
「任務失敗、交代要員求む」である。

だが交代は来ないだろう。
通信の中で、これは罠だとライアも言っていた。

結局入り口付近をうろついただけで戻ってきてしまった。
トニオなんかに聞かせれば、エリートがまた……と馬鹿にするだろうなとフェイは思った。

ほんの少しの時間だったはずなのに、すでに外にはフライヤーが待ち構えていた。
日もだいぶ傾き、モトゥブの荒野が夕日で真っ赤に滲んでいる。

散々な目に逢った任務だった。
フライヤーに乗り込んで、行きの時とは違って、フェイはガルバより先に早々に眠りに落ちた。
一方のガルバは、今になって元気になったのか、眠るどころかフライヤーの操縦士に何か話している……ようだった。


眠って、フェイは夢を見た。
惑星パルムの、ホルテス・シティ郊外。
たくさんの衛星都市がある中でも、家族もちのガーディアンズが住居を構えることの多い一角だった。

そこに、出来たばかりの家が建っていた。
たくさんの知り合いが、その祝いに来てくれていた。

自分の手を握っている人は、こちらを向いて笑いかけてくれている。
家の電子の標識には、新築されたことのみの情報と、家の保有者の名前が書いてあった。

ガーディアンズ機動警護部精鋭、稲妻の騎士アルベルト。
そうやって名乗るのが好きな人だった………。

その夢が悪夢に切り替わる前に、フェイの意識は夢すらも見ない深層に落ちていった。




ガレニガレ地底湖では、持ち主がいなくなって光を失くした巨大なフォトンウェポンが残っていた。
そこには、巨体を支えきれずにすでに腐敗が始まっている原生生物が転がっていたが、もはや原型をとどめていない。

その肉片を蹴飛ばしながら、とある男がそこに立っていた。
青い髪に、スラリとした長身。黒に赤のストライプが入ったコートに身を包んでいる。
その男は、捨てられたソードを拾いながら、フン、と鼻を鳴らした。

「あのビースト野郎……。俺の最高傑作をこんなにしやがって…。
これじゃあ、俺とフェイの世界が遠のくばかりだ……ばかりだぁ…ううっ」

男は子供のように咽び泣きながら一人ごちていた。
その目は赤く、口元は妙に開いており、人間の様相ではない…。

そして、今度は手を広げて、地底湖全体に響く声で、男は叫んだ。

「我が名はアルベルト……。俺からフェイを奪った奴らにィ……復讐するッ!!」