それは、はるか遠いところのお話。
母なる太陽と、3つの惑星を持つグラール太陽系。

そのグラールの文明を突如襲ったSEED。
しかし、守護者「ガーディアンズ」の活躍で、グラールの民はSEEDを完全に封印することに成功していた。

再び平和な時が訪れていた。
そして、その平和が偽りのものであることを知った一人のガーディアン、フェイ。
彼女は今、新たな任務のために惑星モトゥブに降り立とうとしていた。



第2章「パートナーの価値」




グラール太陽系は、太陽と、惑星パルム、惑星ニューデイズ、惑星モトゥブの3つの惑星からなる。
かつては互いに憎しみ合い、認めず、長きにわたって戦争を繰り広げた時代もあった。
だが今はもう、同盟なしでは成り立たない社会がすでに出来上がっており、その中心としてガーディアンズや同盟軍が存在する。

とりわけガーディアンズのグラール文明における貢献度はめざましい。
強固に見える同盟体制も、一時期はSEED襲来に戸惑い、グラールの民から忘れられかけた瞬間もあった。
それをうまく取り成して一つの力に変え、SEEDを封印せしめたのは、ひとえにガーディアンズの力あってこそだったのだ。

ガーディアンズや同盟軍のおかげで、脅威の去ったグラールには再び平和が訪れていた。
その中で、それぞれの惑星が特徴を生かした発展を遂げ、それらの集大成がグラールの文明という形になって現れている。

惑星パルムでは、キャストによる超合理主義の政治が行われ、若干の問題はあっても、非常に平和な世界が出来上がっていた。
他にも同盟軍本部や、グラール文明最大の企業体たるGRMの本社もこのパルムにある。
軍事力、経済において他の惑星に比べて圧倒的なアドバンテージを持っているのが惑星パルムだった。

グラール教という、グラール文明に古くから伝わる宗教の総本山がある、惑星ニューデイズ。
星霊という教義のご神体を崇め奉り、その最高位には奇跡を起こすと信じられている「幻視の巫女」がいる宗教だ。
非常に多くの人がその信仰を持っており、ガーディアンズにも熱心なグラール教信者は多い。
グラール教団の性質上、全惑星の中で最もニューマンの比率が高いところでもある。

そして今。
任務を受けてフェイが降り立とうとしている、惑星モトゥブ。
ならず者集団ローグスが裏で政治を仕切っており、端から見れば腐敗しきった社会にも見える。
が、その実は決してそんなことはなく、むしろ彼らの縄張り意識がモトゥブの豊富な資源を一つに独占集中させないことに繋がっているのだ。
モトゥブ通商連合によって、その便宜を図るために大小の都市がいくつも乱立するのもそのせいであった。

その中でも一番大きな商業都市、ダグオラ・シティ。
ガーディアンズのモトゥブ支部もこの街にあるので、フェイの目的地もここだった。

観光に来たわけではないので、フェイは足早にダグオラ支部に向かう。
その途中、ガーディアンズと思しき連中に出くわしたが、殊更問題が起こることもなかった。
フェイが唯一モトゥブに好きなところがあるとしたらここだった。
皆が皆さっぱりしていて、ねちねちと絡んできたりはしないからである。

とはいえ、彼らとてフェイの過去を知っているから、あえて距離を置いてるだけかも知れない。
彼女も彼らのそんな仁義に応えるべく、用がなければ挨拶さえ控えるようにしていた。

途中、何かがフェイの肩にぶつかった。
振り返ると、いかつい体をしたビーストの女性がこちらをにらみつけてきている。

「失礼」

特に気にもせずに頭を下げて、フェイはその場を立ち去ろうとしたが、そのビーストの女はフェイを逃がさなかった。
女とは思えない腕力で、フェイの肩をしっかりとつかんで離さない。

「ちょいと待ちなねーちゃん。人にぶつかっておいてごめんなさいの一言もなしかい?」

面倒なことになった、とフェイは思った。
だからモトゥブは嫌いなんだと、先ほどの感想を打ち消しながら、ビーストの女性の方を向く。

「失礼、といったはずですが。気に障ったのなら謝ります。では急いでるのでこれで……」

そう言って再び歩き出そうとすると、今度は万力のような力でグイと引き寄せられてしまった。
フェイの顔がビースト女性の顔に一気に接近する。何がそんなに気に食わないのか、その顔はとても怒っている様子であった。

「なめてんじゃないよ、このスカタン!!」

きっと肉ばかり食ってるからカルシウムが足りないのだ。
ギリギリと歯軋りを立てるその女性を見て、フェイは少しだけ哀れんでやった。

とはいえ、いつまでも捕まってるわけにはいかない。
ガーディアンズが一般人に絡まれるなどという状況が辺りに知れれば、血の気の多いダグオラの人々は一斉に集まるだろう。
それはフェイにとって絶対に避けなければならないことだった。

フェイは黙って手をナノトランサーにかけた。
憤怒した目の前のケモノは、フェイのそんなしぐさに当然気づかない。

「アンタみたいなスカタンになめられてちゃ、満足に街も歩けねぇだろうがッ!!」

さらに襟首を持ち上げられてフェイの足が宙に浮いた瞬間、突然ビーストの女の怒声は止んだ。
女の首筋にピタリと当たったフォトンの刃が、これ以上動こうものなら瞬時に血桜を咲かせることを意味していたからだ。

「ひっ…」

それまでの威勢はどこにいったのか、なんとも情けない声を上げる女。
フェイもその様子を見て、周囲の人々がこちらに気づく前に武器をしまった。

「悪いけど黙ってくれるかしら?」

「が、が、ガーディアンズだったなら先に言えってんだ!!くそっ!!」

フェイから手を離して一目散に逃げ去るビーストの女。
それを最後までは見届けずに振り返り、フェイはまた支部への道を歩き出す……が。

「まーちーな!!」

フェイはまた何かにぶつかった。
今度は一回で視界に入らなかったので気づくのが遅れてしまう。

「今度は何……ってトニオじゃない」

下を向いてみると、そこには小ビーストのガーディアン、トニオがいた。
フェイの扱いのひどさに、トニオは不機嫌そうな顔をする。

「何ってなんだよ?人を石ころみてえに言うなっての!!
あのなぁ、フェイ、いくらガーディアンズっつっても、街中で武器出しちゃご法度なのはわかってんだろ?」

トニオはそう言いながら、人目のつかない場所へとフェイを誘導する。
彼ももちろんフェイの過去を知っている。それを配慮した行動であることはわかりきっていた。

「別にドンパチおっぱじめようとしてたわけじゃないわ」

当たり障りのない言い訳を少しだけ考えてみたが、フェイの口から出たのはただの屁理屈だった。
トニオはその場での教唆は無理と判断し、フェイの手をつかんで引っ張りだす。

「そういう問題じゃねえっての!!ほら、とりあえず支部で理由聞いてやっからいくぞ!!」

「あら、エスコートしてくれるのね。ありがとう」

フェイのそんな言葉に、トニオは若干イラついたようで鼻息を荒げた。
偶然か必然か、これでフェイは安全に支部へ行けることになった。

「第一、何でおめえがこんなところにいんだ?」

歩きながらトニオがフェイに尋ねる。
確かに機密調査部は普通、人気の多い繁華街に無防備で参上したりする役職ではない。
仕事によっては法に触れるか触れないかというような内容だったりするから、目立っていいことは何一つないのだ。

そういう意味で、フェイの今の肩書きは、彼女にとってはぴったりのものだった。
機密調査部異動=懲戒免職とも考えるガーディアンズが多い中で、フェイがあえて職にあり続けたのはそれなりの理由があった。

「任務以外でこんなとこ来ないわよ」

「あぁん?俺ァ何も聞いてねえぞ?お前が表に出てくるってことは、何かあったんじゃねえのか?」

「任務は任務よ。それ以上は言えないわ」

別に言えない内容でもなかったのだが、フェイは面倒だったので言わないことにした。
支部に向かう最中、トニオは色々な事を質問してきたが、そのどれもに明確な答えは与えなかった。

「なんだよ…ったく。心配してんだぜ俺は?もうちょっと気の利いた受け答えできねえのかよ」

「私と仲良くしててもトニオにプラスになることはないからね……。あ、そうだ」

ふと思いついて、フェイは立ち止まった。
トニオは怪訝そうな顔で振り向いて、フェイを見ている。

「何だよ?」

「モトゥブ支部にいるパートナー……。新人らしいんだけど、誰かわかる?」

「パートナー?新人?何の話だそりゃ?」

トニオは何も聞かされていないのだろうか。
彼は嘘をつける性格でもないので、反応を見る限り情報を持ってそうではなかった。

「知らないならいいのだけど」

「あぁ、ちょっと待て。確かに新人って言われてるのか?」

「何か心当たりがあるの?」

うーんと唸ってトニオは前に歩き出した。
フェイも遅れないようについていく。

「まぁ…心当たりっていうかアレだ。何て言えばいいかな…」

「ワケありみたいね。私みたいに?」

そう言ってトニオを追い越して、フェイは彼の顔を覗き込んだ。
不思議な表情だった。困っているというか、心配しているというか…

「ああ、とりあえず今言えることは、そいつぁまだ正式なガーディアンズじゃねえってことだな。
確かまだ、訓練生のはずだ。お前が用があるヤツがアイツなのかどうかはわかんねえけどよ…」

アイツと言いながら、トニオは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「見習いでもないのね?一応、教育も兼ねてとは言われてるけど」

フェイのその反応に、トニオは顔をパッとさせた。
しゃべり過ぎたか、とフェイも構えたが、遅かった。

「何だ、お前の任務って指導教官だったのかよ?
ははっ、そりゃ言えねえよな、機密調査部のエリートが暇を持て余して指導教官なんざ…」

「………」

そこまで言って、トニオは口を閉じた。
きょろきょろと辺りを見回しながら、決まり悪そうな顔をする。

「ああ、いや…。別に他意があったわけじゃねえよ。そんな顔すんなって……」

「別に、何とも思ってないわ」

トニオの気のない発言のせいで、場の空気が一気に悪くなった。

何とも思ってないとは言ったが、フェイは不機嫌を露にしてみせた。
現にフェイはものすごくいやだった。これだからビーストは……。

考えるより先に手や口が出てしまう性格を自認しているトニオだ。
頭をかきむしりながら、猛省する。

このまま歩くスピードが数倍になってさっさと支部に着けばいいのにと二人ともが思った。


結局それ以降は会話がないまま、二人はモトゥブ支部に到着した。
フェイの街中での行動のことなどなかったかのように、トニオはすぐさま仲間が集まる支部の中央へ駆け寄っていった。

入り口でしばらく辺りを見回すフェイ。
やはりビーストが多く、仕事を請ける場所だと言うのに酒臭いのはなぜだろうかと考える。
数人がフェイに気づいて、景気よく手を振るものだから、それに首を少しだけ動かして応えた。
立ったままでも何も起こらないので、フェイはゆっくりと歩き出した。

そのちょうど真後ろだった。
トニオと自分が入ってきた時とは比べ物にならないほど大きな音を立てて二人のビーストが突入してきたのは。

「どっせーーぃ!!只今帰還しましたよっとぉ!!」

「コラコラ、落ち着けって、ガルバ!!」

振り返ると、一方は見覚えのある顔……。大きな体がトレードマークのガーディアン、レオだ。
もう一人をフェイは知らない。といっても、フェイがモトゥブ支部のガーディアン全員を知っているわけではないのだが。
その知らない方…体格はレオほど、銀色の髪を逆立てたガルバと呼ばれたビーストが、レオの方に振り返ってやかましくしゃべる。

「まぁいいじゃないすかアニキ!!ガルバ君初めて任務を終えたんですよぉ!!これでやっと俺もガーディアンズだ!!」

ぴょんぴょん忙しそうに跳ねながらガルバは喜びを体現している。
レオはやれやれといった表情でガルバの動きを制した。

「なぁーにいってやがる。今日は俺が暇だったから、簡単な任務に連れて行ってやっただけだ。
それに、ただ婦人のハンカチを探してやっただけだろうが。お前の功績にゃならんぞ」

まじすか!?と必要以上に大きな声でガルバはレオに詰め寄った。
何ともビーストらしいビースト。フェイがガルバに持った第一印象はそれだった。

そうこうしているうちに、レオがフェイに気がついた。
少し驚いた顔のあと、精一杯の作り笑顔で、手を差し出しながらレオは話しかけてきた。

「お、これは機密調査部のフェイじゃないか。随分珍しい顔の参上だな?」

その手を握りながら、目は合わせないでフェイも会釈する。

「どーも」

「ははっ、相変わらず無愛想というか何というか……っとコラ、ガルバ!!」

レオが少し目を離したスキに、ガルバはダグオラ支部の受付嬢マナの方へ走っていっていた。
だがレオが注意するまでもなく、正式な免許を持ってないガルバはマナに軽くあしらわれていた。

「やれやれ……。やる気があるのはいいんだがな」

「忙しそうね、ここも」

レオがびっくりして振り返る。フェイも少し驚いた。
顔をほころばせて、レオはフェイの肩を叩きながら、その何気ない発言に応えた。

「お前から話しかけてくるなんて、明日ダグオラは雪が降るんじゃないか?
ま、実際SEEDもいなくなってしまってからは、こっちはローグスの揉め合いの仲裁とかばかりだけどな」

それはいつものことだろうという言葉は、フェイの喉まで来て引っ込んだ。
任務を思い出したし、レオを長い事引き止めておくのもなんとなくいやだったからだ。

またしゃべらなくなったフェイを見て、レオは「ガルバの元気の一割くらいをお前に分けてやりたいな」と言って歩き去っていった。
先ほどの会話から推測して、恐らくレオは今日が公休日だったのだろう。
これから休むというならなおさら引き止めるわけにはいかない。
きっとガルバがうるさいから付き合ってあげたのだろうが、そういうところがとてもレオらしい。

そして、まさかな、とフェイは考えた。
トニオもさっきそんな顔をしていた。まさかな…と。

まさかパートナーが……。

「おい、フェイ!!いつまでそんなとこでボヤっとしてるんだい?任務の案内が来てるよ!!」

はっとして前を向くと、マナが大きく手招きしているのが見えた。
その隣で機嫌が悪そうなガルバがむくれて突っ立っている。

カウンターまでの最短距離を歩いてフェイはマナにカードを提示した。
マナはおう、と言ってカードをフェイから取り上げる。

「えーと、任地はガレニガレ坑道、地底湖だね……。
そこでローグスの誰かが例の人質の引き取りに応じるそうだ。行ってきな」

ミーナほどではないがてきぱきと動いてデータ処理を済ませたマナは、カードをフェイに投げ返しながら言った。
フェイはそれを何とかキャッチしながら、無駄とわかっていてもマナに質問をしてみる。

「随分と曖昧な内容だけど、大丈夫なのその任務?」

「って言われても、これ以上特にこっちから言う事はないんだけど。
ま、機密調査部のアンタが出てくるんだ、二転三転してもおかしくないかもね」

マナの返答は早かった。
多分、聞かれたらこう言おうと用意していたのだろう。

「そう、わかったわ。それともう一つ……」

「まだ何かあるのかい?」

「パートナーがいると聞いてきたのだけど?」

新人という言葉は伏せておいた。
それを言ってしまえば、恐れていることが現実になりそうだったからだ。
今、このモトゥブ支部で、見た目も態度も新人丸出しなのは、その一人をおいて他にいない。

「あん??そんなこたどこにも書いてないけどねぇ。……あ、なーるーほーどー」

この時点でフェイは抵抗を諦めた。
このまま一人で行ってしまいたかったが、質問したのはフェイ自身だった。
どうやら墓穴を掘ったようだ。

「ガルバ、出番だよっ」

マナがそう言ってフェイから視線をそらした。同時に、フェイはうなだれた。
そっぽを向いてた若いビーストが、急に目を輝かせて振り返った。

「えっ、俺?」

ガルバと一瞬だけ目が合った。
自分とは対照的に、ものすごく嬉しそうなのが妙にフェイの癪に障る。

「そう、アンタだよ」

マナがちょっと困った顔をして応じた。
ひょう!と大きな声をあげてガルバは飛び上がってみせる。
が、そこでなぜか急に訝しげな顔になって、ガルバはマナの方を見た。

「またさっきみたいに、ガルバ君は見習いでもないからお手柄は取り上げ〜とかじゃない?」

レオとのことを引きずっているようだった。
腰巾着になってついていっただけとじゃないかとでも言われたのか、それがよほど悔しかったのだろう。

「そんなんじゃないよ。ほら、これが何だかわかるかい?」

そう言ってマナはキラキラと光る一枚のカードを取り出した。
フェイが持っているものとは少し違うが、それは紛れもなく、ガーディアンズ機動警護部所属を証明するIDカードであった。

目の前で起こった事を、ガルバは小さな脳ミソで一生懸命処理していく。
そして、通常の人より若干遅れて状況を理解したとき、先ほどとは比べ様もないほどに高く飛び上がった。

「マ・ジ・ス・カァーーーッ!!イヤッホォォ!!」

「あいあいうるさいうるさい。後の事はそこのちょっと無愛想なねーちゃんに聞きな」

マナがそういい終わるより早く、フェイの背中に衝撃が走った。
ガルバが挨拶代わりのつもりなのか、背中を叩いたからだ。

「てなわけでよろしくお願いします!!えーっと…」

叩かれた背中を手で押さえながら、フェイはガルバの方へ振り返った。
ガルバは、フェイが何か言うのを待っているような顔をしている。
特に言う事もないので、隙あらば鉄拳でも浴びせてやりたいと思いながらフェイは黙っていた。

「フェイだよ。ほらアンタも、自己紹介くらいしな」

ガルバが求めていた内容はマナが代弁してくれたようだ。

「え?ああ……よろしくね」

フェイは先ほどから何度も名前を呼ばれているのに。
このガルバというビーストは、自分に興味のないことは覚えないのだろうか。

「これだからビーストは……」

「何やってんだい?あの子ならもう外へ出ちゃったよ」

マナのその一声で我に返った。
諦念がフェイの体全体に染み渡っていくようだった。

「色々と大変ね、ここも」

「アンタが面倒見てくれるならだいぶ楽になるさ!!アッハハハハ!!」

他人事だから笑えるのだろう。
フェイは苦笑いでそれに応じながら、久しぶりに戦闘以外で人を殴りたくなった。

急ぎ足でフェイはガルバを追って外に出た。
意外と律儀に入り口で待っていたガルバは、大きくお辞儀してフェイに挨拶をした。

「んじゃ、改めてよろしくお願いしますフェイさん…じゃなくて、先生!!」

「先生?」

「え?だって、指導教官でしょ?」

「ああ、一応そういうことにはなってるのね……」

任務は人質の引き取りだ。
さっさと終わらせて帰ろうと思い、フェイはすたすたと歩き出した。
その後ろをガルバはやたら派手に動きながらついてくる。

「あ、あの?先生って呼び方ダメすか?」

「別に。好きに呼んでいいわ」

「あいかしこまりました先生!!」

街の皆がこの奇妙な二人組に注目した。
片方がもう片方の周囲を跳ね回って行動していれば目立たないはずはない。

「もう少し落ち着いて動けないかしら?」

ガルバの方は決して見ずにフェイは言った。

「あっと、すみませ〜ん!!もう嬉しくて嬉しくて!!あ、これ減点対象っスか?」

「そうして欲しいならやるけど?」

「滅相もない!!」

モトゥブ支部を出て任地に赴くためのフライヤーベースまでの道のりがフェイにとってはとても遠く感じられた。
それでもやっとの思いで到着すると、ガルバの第一声がこれだった。

「もう着いちゃいましたよ!!ワクワクするなぁ…」

「減点」

「えぇ〜!!何でですかぁ〜!?」

「やかましい」

フェイがそう言うと、ガルバはムスっとしたがおとなしくなった。
それも一瞬で、フライヤーに乗るところではまたやたらとはしゃぎ出すから大変ではあったが。

だが、そんなガルバも一つだけ安心できるところがあった。
彼はまだ、恐らく……フェイの過去に何があったのかを知らない。
機密調査部と、まだ見習い以前とはいえ機動警護部が、同じ任務に就くことの特殊さも知らないと思われた。

これらは知られていない方がフェイにとって好都合だった。
知っていれば、ガルバのことだから、あれこれ質問してくるだろう。
その結果やる気をなくしてしまったなら、それはフェイの責任になる。
たとえ周りがそうでないと言ってくれたとしてもだ。
彼女は人よりも自分の過去に対して大きな責任を感じていた。

こうやって乗り物に乗る時などは特に……。

ガルバとまったく反対で、フェイは憂鬱だった。
ベルトを金具でとめる時のカチリという音。
これで止められてしまえば、ここから逃げられなくなるのではないかという錯覚。
手に汗がにじみ、恐怖で目を閉じてしまえば、そのまま二度と目覚めることもなく自分が消滅してしまいそうだった。

ふと隣を見れば、ガルバが、ベルトの締め方がわからないのか、悪戦苦闘している様子が見えた。
いちいち楽しそうなパートナーの様子が、フェイから少しだけ過去を忘れさせてくれる。

「これも減点ね。初めてじゃないでしょうに」

手を伸ばして反対側のベルトをつかみ、ガルバの握っているものに接続する。
カチリという音がなると、ガルバは何が起こったのかわからないという顔をした。

「複雑な作りなんですね!!俺、武器とか機械を直接いじるのは得意なんスけど、こういう細かいのはちっとも……へへっ」

「どこが複雑なのよ……。金具に金具刺すだけでしょう?げーんてん」

あちゃーと額に手を当ててガルバが悔しがった。
こんなところで何度も減点していれば、ガルバの望みである免許発行に差支えがあるかもしれない。
そうすればイヤでも、指導教官となったフェイはガルバが免許を取得するまで付き合わなければならなくなる。

「仕方ないか……。これが仕事だし」

そう一人呟きながらフェイが少し目を離した隙に、ガルバはもういびきをかいていた。
これは間違いなく減点対象になり得る。それにしてもすごいスピードで眠るなとフェイは逆に感心した。

数分前のフェイと違って、この時はもうガルバに対する印象は随分変わってきていた。
パートナーとは本来、個人に足りないものを補完するためにあるものだとフェイは思っていた。
レオの言葉を思い出す。今、フェイに足りないのは確かにカラ元気なのかもしれない。
あまり元気に振舞いすぎてもそれはそれで問題がありそうだし、今の状態でも周りに心配されるなら……。
とりあえずガルバを連れていれば、その心配される部分は何とかなりそうだった。

パートナーの価値。それは人それぞれなのだ。
フェイは事実、ガーディアンズの中でも、彼女以上の実力者を探す方が難しいほどの腕前があった。
だから機密調査部の任務が単独のものばかりでもそこまで苦労はしなかったし、むしろ彼女が出てくれば同じガーディアンズでさえその存在を恐れたくらいだった。

つまり、ガルバがどうしようもないちゃらんぽらんならば、フェイがその部分を補えばいいだけである。
その代わりフェイに足りないものは、どうやらガルバが自動的に供給してくれるようであった。

ある意味、なかなか良いコンビなのかもしれない……。
という考えは、はっきりとした形を持つ前にフェイの脳内から打ち消された。

「……ないない。これっきりで勘弁」

モトゥブ特有の、ちっとも楽しくない荒野の風景が、遠い窓越しに見える。
これから向かうガレニガレ坑道へはフライヤーで直行することは出来ないが、かなりの距離短縮にはなる。

ガルバは寝言を並べながら気持ちよさそうに眠っている。
これ以上減点すれば本当に免許が下りそうにないので、フェイはもうこの件に関しては目をつむることにした。
同時に、フェイも体を休めるために目を閉じた。

先ほどまでフェイを襲っていた恐怖は、不思議とまったく感じられなくなっていた。
これもガルバのおかげだろうか。そんなことを考えながら、ガルバほどではないがフェイもすぐに眠りに落ちた。

任地ガレニガレでは、すでに人質が引き取りに来るフェイたちを待っているはずだった。

刻一刻と迫る、悲劇の時。
任務内容が曖昧なのは、機密調査部のフェイにとってはさして珍しいことではない。
それが依頼主の狙いだったことなども、この時のフェイには気づくことができなかったのだ。

グラールを恐怖の溝に突き落とす存在。
陰影はすでに、すぐそこまで迫って来ていた。